05年11月6日、歌手の本田美奈子.さん(本名工藤美奈子)が急性骨髄性白血病の為、38歳という若さで亡くなっています。
美奈子さんは85年4月に「殺意のバカンス」で17歳でデビューしていますが、当時はまだ私のアンテナには引っ掛かっては来ませんでした。
強烈なインパクトを受けたのが4作目のシングル「1986年のマリリン」でした。
テレビで美奈子さんの歌う姿を見た私は、当時「ヘソ出しルック」と言われたステージ衣裳もそうですが、この細い身体のどこからこんなに声が出てるんだろう、と思わせる声量でした。これまでにあまりなかったダンスにも目を奪われ、美奈子さんのファンになりました。
私が大学を卒業して社会に出たのが今から25年前の86年4月、前年松田聖子が神田正輝と結婚し、第一線から退いたこともあり、アイドルは中森明菜、小泉今日子、それにおニャン子クラブの全盛期にありましたが、私が好きだったのは、美奈子さんとアイドルではないですが渡辺美里さんでした。
当時お金がありませんでしたので、(今でも)レンタルレコードの店に行ってはアナログ盤を借りて来てカセットテープに録音して美奈子さんと美里さんの歌を聴いていました。
美奈子さんを生で見たのは、実はプロレス会場でした。8月17日、女子プロレスの新団体「ジャパン女子プロレス」が後楽園ホールで旗揚げ興行を行いました。
ジャパン女子は、秋元康がスーパーバイザーとして参加しており、選手のキャラクター作りにも関わってました。
その流れから、大手芸能事務所だったボンド企画と提携し、ボンド所属だった美奈子さん、少女隊らの芸能人がゲストとして呼ばれたものでした。
10月4日、私の地元で自宅から歩いて行ける市川市文化会館に美奈子さんが来てコンサート(コンサートをライブと言うようになったのはここ10年ぐらいか)をやると聞いた時は迷わずチケットを購入して見に行きました。プロレス観戦ばかりだった私が最初に見たコンサートは美奈子さんでした。
8枚目のシングル「One Way Generation」は田村正和主演のTBSテレビ系ドラマ「パパはニュースキャスター」の主題歌として使用され、この曲も大好きな曲でした。
その後「CRAZY NIGHTS」 「HEART BREAK」「孤独なハリケーン」とヒットを飛ばしましたが徐々に下降線を辿り、ユニット「WILD Cat's」との「あなたと熱帯」の豹柄セクシー路線は私の好きな路線ではなくなり、この時点で私は美奈子さんからフェードアウトしていきました。
その後美奈子さんはアイドルから劇団四季のオーディションに合格、舞台女優に転身します。
レコード会社も東芝EMIから日本コロムビアに移籍、「アメイジンググレイス」を代表とするオペラ歌手として再出発しました。
歌い方もアイドル時代とは全く異なりましたが、声量は昔のままでした。
劇団四季のミュージカルを見に行くことはありませんでしたがCDを買うようになりました。
05年1月、美奈子さんは急性骨髄性白血病を発症。医学の進歩で白血病は不治の病でなくなって来ていましたので、白血病を克服した渡部謙氏同様、復活してくれることを願っていましたが、帰らぬ人となってしまいました。
今でも美奈子さんのドキュメント番組があれば必ず見ています。闘病中の写真の数々や「愛の讃歌」の訳詞で知られる日本を代表する作詞家、岩谷時子さんとの心暖まるエピソードの数々は胸を打たずにはいられません。
美奈子さんは「天使になった歌姫」ですね。
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