mixiユーザー(id:21258650)

2026年09月17日07:30

137 view

【配信連動企画】昭和プロレス年史外伝��日記でもう一度おさらいしよう!謎多きアジア・リーグ戦(2)

フォト

76年3月19日午後2時から代官山の日本プロレス(残務処理中)事務所で芳の里社長が記者会見を行い、日本プロレスの事務所の金庫に眠っていたアジア・ヘビー級とアジア・タッグの両王座をNWAの認可を受けて復活させたことを発表しました。

以下、芳の里社長が発表した声明文を当時の「東京スポーツ」より引用してみたいと思います

アジア選手権問題に関する声明

故・力道山先輩以来の伝統を誇る日本プロ・レスリング興業株式会社は、さる昭和48年5月以降、諸般の事情をもって興行活動を停止しておりますが、レスラー契約及びNWA活動はなお継続中であることは皆様すでにご承知のことと思います。

さて、近頃世上においてアジア選手権開催問題が取り沙汰されるようになりましたが、日本プロレスとしては故・力道山先輩の伝統を継ぎ、確固たる地盤とプロレス史上に築き上げた実績に立って、力道山先輩の偉業を記念する由緒あるアジア・シングル選手権、同タッグ選手権の継続及び名称復活をNWA本部に対し要望いたしておりましたるところ、ジャック・アドキッセン(フリッツ・フォン・エリック)会長より、2月29日付をもって許可の回答を得ました。

よってアジア・シングル選手権については最終保持者の大木金太郎選手の意思を尊重、また同タッグ選手権については最終保持者チームの意思を尊重して両者に選手権試合開催の許可を与える所存であります。

この日本プロレスの意向は、すでに両選手権試合開催有資格者に伝えてあり、一日も早く全国プロレス・ファンの前にこの由緒あるベルトの復活実現をみたいと念願する次第です。

尚、アジア・シングル選手権及び同タッグ選手権のチャンピオン・ベルトは日本プロレスリング興業株式会社が現在保有し一切の権利を継承していることを表明します。

昭和51年3月18日日本プロ・レスリング興業株式会社代表 長谷川淳三。

このアジア選手権復活戦には、全日本プロレスからザ・デストロイヤー、グレート小鹿、大熊元司、桜田一男の4選手が参加。記者会見から1週間足らずの3月25&26日の両日に亘り、韓国・ソウル市文化体育館(前75年9月、大木の韓国での功績が讃えられて建立された新しい体育館)でシングル、タッグの両王座決定戦が行われると発表される手回しの良さ。

これは1か月前の2月16日新日本プロレスの事務所で猪木と新間寿が発表した「アジア・リーグ戦」構想を受けて馬場が芳の里に手を回して「こっちが本家」とばかり、本家本元の2大王座を復活させたものでした。

ソウル大会初日の3月25日は日本プロレス時代の最終王座保持者である大木が王座決定戦で小鹿を2−1で破りアジア・ヘビー級王座を獲得。

アジア・タッグ王座は翌3月26日最終王座保持者であった小鹿が大熊元司をパートナーに指名し、韓国・金一道場の呉大均&洪武雄組と王座決定戦を行い、2−1で小鹿&大熊組の極道コンビがタイトルを獲得しています。

新日本プロレスの「アジア・リーグ戦」の日程が76年7月9日〜8月5日と発表されたのは、モハメド・アリ戦が6月26日に決まっていたからでしょうが、先に歴史と伝統のベルトを復活されてしまったのは新日本プロレスにとっては痛手でした

76年3月28日蔵前国技館で初の全日本プロレスvs国際プロレス「全面対抗戦」が行われています。

前年11月3日国際プロレスの後楽園ホールで対抗戦が行われていますが3試合だけであり、今回は全10試合が全て対抗戦という史上初の画期的な大会でした。

団体対抗戦は力道山時代、力道山の日本プロレス、木村雅彦の国際プロレス団、山口利夫の旧全日本プロレス(山口道場)で行われた事があります。

この時は日本プロレスと他2団体とのレベルが違い過ぎ、日本プロレスが日本プロレス界を統一した訳ですが、実力の拮抗した団体が一つの興行で雌雄を決する対抗戦はこれが初めてでした。

全日本側は御大の馬場と助っ人のデストロイヤーは出場せず。

国技館の東側が全日本プロレス、西側が国際プロレスの応援席となり、両団体の営業マンもチケット販売を競うという相乗効果があり、外国人選手を呼ばずに会場は9,800人(テレビ収録、満員発表)となりました。

第1試合はスネーク奄美(国際)が渕正信(全日本)にダイビング・ボディアタックから体固めで勝利。第2試合は百田光雄(全日本)がミスター・ヨト(=珍、国際)の塩攻撃に反則勝ち。

第3試合は伊藤正男(全日本)が米村勉(=天心、国際)にオクラホマ・スタンピートから片エビ固め。第4試合は鶴見五郎(国際)が大仁田厚(全日本)をネックブリーカー・ドロップから片エビ固め。大仁田vs鶴見がここで実現していたのは非常に興味深いです。

第5試合は稲妻二郎(=ジェリー・モロー、国際)が園田一治(=ハル薗田、全日本)にジャンピング・ヘッドバットから片エビ固め。第6試合はミツ・ヒライ&桜田一男(=ケンドー・ナガサキ)組(全日本)vs田中忠治&大位山勝三組(国際)組で田中が桜田をボディスラムで担ぎ上げたところ、ヒライが田中にドロップキック、桜田が上になって田中を体固め。

第7試合はアニマル浜口(国際)が肥後宗典(全日本)にカナディアン・バックブリーカーでギブアップ勝ち。

第8試合は本大会の事実上のメインイベント、ジャンボ鶴田試練の十番勝負第2戦、鶴田(全日本)vsラッシャー木村(国際)の一騎打ち。

特別レフェリーは芳の里日本プロレス社長が勤めました。1本目は13分27秒に木村がカウンターのクロスチョップ、ブレーンバスターから片エビ固め。

2本目は鶴田が6分34秒にダブルアーム・スープレックス2連発から体固め。

決勝の3本目は鶴田が放ったジャーマン・スープレックスホールドのブリッジが崩れ、4分53秒に両者ダブルフォールの引き分け。鶴田は十番勝負2戦2分となりました。

第9試合はサムソン・クツワダ(全日本)が寺西勇(国際)にブレーンバスターから体固め。この時クツワダが寺西に決めたブレーンバスターは危険な角度でした。

第10試合は全日本のアジア・タッグ王者チーム、グレート小鹿&大熊元司組vs国際のIWA世界タッグ王者チーム、グレート草津、マイティ井上組のダブル・タイトルマッチ。

1本目は9分42秒、井上が大熊をサマーソルト・ドロップ2連発からバックドロップを決めて体固め。2本目は7分52秒、大熊が井上をジャンピング・ヘッドバットから体固め。

決勝の3本目は5分15秒に両チームリングアウトの引き分けで小鹿&大熊組は2日前にソウルで獲得したアジア・タッグ王座の初防衛。草津&井上組はIWA世界タッグ王座3度目の防衛に成功しました。

しかし、国際プロレスの団体の看板タイトルであるIWA世界タッグ王者チームの草津&井上組と全日本プロレスの中堅タイトルとなったアジア・タッグ王者チームの小鹿&大熊組がダブル・タイトルマッチで引き分けたことで「IWA世界タッグ王座はインターナショナル・タッグ王座と同レベルに非ず、アジア・タッグと同格」という評価になってしまい、以後、この目線が対抗戦のマッチメークの基準となってしまいました。

対抗戦の成績は4勝4敗2分のドローに終わっています。

鶴田vs木村戦は日本テレビで放送され、小鹿、大熊組vs草津、井上組とクツワダvs寺西は東京12チャンネル(テレビ東京)で放送されています。

対抗戦のビジネスの話は国際の吉原社長が馬場に持ちかけたもので、外国人抜きという事で当初は乗り気でなかった馬場は「吉原さんには騙された事がないから」と渋々承諾しました。

興行収益も国際との折半でしたが、外国人に支払うギャラがなかった事から大幅黒字興行となり、馬場は「これはいい商売だなぁ!」と喜んでいたと言います。
3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年09月>
日 月 火 水 木 金 土
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930