『アレックス STRAIGHT CUT』(仏;Irréversible – Inversion intégrale 英;Irreversible: Straight Cut 2023)を購入したので観る。おもしろかった。なぜオリジナルではなくこちらを購入したのかというと、ロッテントメイト―での批評筋も入ったスコアが、オリジナルのでは寧ろ悪い採点だったのだけれど(註1)、STRAIGHT CUTは90%とかなり高いスコアを獲っているから。とは言っても、時間を逆行していくオリジナルのはもうほとんど覚えていないので、比べようが今はできない。も、観ていくと、思い出してもいく。すると、STRAIGHT CUTの方が、時系列順で進んでいって分かりやすいからか、しっくりくる。コンパクトにまとめてもいるのかな、と、上映時間を調べると、STRAIGHT CUTはオリジナルに比べると10分ぐらい短いからどっか切ってんだろうな、とAIで調べると、エンディングから始まる逆時系列のオリジナルをただ時系列に繋げただけでどこかを削ったとかしていなく、オリジナルでのシークエンスとシークエンスのトランジション(繋がり)のカメラアイがクルクル回るところとかをもっと見やすく整理しているだけの変更なようである。ワンショット=ワンシークエンス(註2)だから、時系列のなかよりコンパクトに感じられるのかな。逆時系列のオリジナルでは暴行犯を見つけるまでが長く感じられたが、本作ではけっこうすぐに分かる感じとなり、現場に落ちていたバッグにネームカードがあり俺のシマで起こったことだからすぐに分かると顔役みたいなのが言ってたからそれもそうか、となる。逆時系列の発想の基、って、ノエの父親はアルゼンチンの革命思想的画家であり、それゆえ、当時の独裁国家だった祖国から亡命せざるえなかったらしく、それゆえノエにとって、時間は不可逆であり、時間は物事を破壊する、というテーマ、メッセージがあるのであり、世の中は暴力で充ち溢れているということとともにオリジナルのストラクチャーを形成していると思うのだけれど、逆ではなく時系列順に進む本作にあたっては、ノエはある日、フと唐突に、進んでいく時間軸で繋げるとどうなるだろうと思ったらしく、そこを発端として本作は生まれたとのことらしい。オリジナルのストラクチャー的には、私の記憶が正しければ、母性の悲劇がラストの方で明かされる形であろうか。対しストレートカットでは、男性の暴力性が露わとなる形ではなかろうか。理性的であったピエール(註3)も遂にはああなるし、マルキュスはヴァンサンカッセルによってドラッグによって反理性とゴリラになる様、それと緊迫感を上手く表現され男性性のヴァイオレンスしっかり表され、探し出されたテニアは知り合いが顔があーなるのに口元ニヤッとなってちょっとした恍惚感じる様をみせたり、と、理性や常識で覆い隠しても男性は極論、野性的にヴァイオレントでありサイコでもあることを語らしおん。世界が暴力に充ちているのではなく、ヒトが暴力を形作る。本作ではそれは特に男性であること顕わされている、ストレートに。
註1 ロッテントメイト―では批評家が加わったスコアとオーディエンスでつけるスコアがあるのだけれど、センセーショナルなものが好きなのだろうか一般大衆、オーディエンスがつけるスコアではオリジナルとSTRAIGHT CUTはどちらもまあまあ高いスコアでもってそこまで点数差はないのだけれど、批評家が加わったスコアではオリジナルは低くSTRAIGHT CUTはかなり高い。
註2 ひとつのシークエンス(シーン)を1つのショット、つまりカットすることなく長回しの撮影でおさめたものを言う。
註3 演じるアルベールデュポンテルは本作品以外では知らないのだけれど、英語のウィキペディアを見ると、監督主演作品がけっこうな数あって、セザール賞も受賞している。彼のテクストをバンドゥアノンス/Bande-annonce(フランス語で言う予告編)を見るとジャンピエールジュネ・タッチな作風な暴力も混在するコメディでありユニーク。関心が向く。デュポンテルは国内では知名度があるのだろうけど、出てきただけで、日本で言えば佐藤二朗やムロツヨシがスクリーンに登場するときと似たようなユーモラスな感覚をオーディエンスに与えるのだろうか。オリジナル版の印象ではピエールは理屈っぽいイメージだったけれど、今回はなにかユーモラスな印象。ウディアレンのような神経症的ユーモラスな人物像の意図もあって彼がキャストされたのかな?
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