『化け猫あんずちゃん』と『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』おもしろかった。こちらはレンタル。
これらは、いまだ流行最先端なのだろうか? あの異世界ものである。これらも異世界ものに分類できるのかな? とにかくどちらの作品も、主人公が或る場所に転移し活躍する。どちらも行くのは地獄だけれど。『化け猫あんずちゃん』である。ヤマノブらしくダメ男系。かりんちゃんの借金まみれのパパやパチンコであんずちゃんのバイト代を使いすってんてんにするあんずちゃんはヤマノブ家代々受け継がれるダメンズ系。そのいい加減な緩さが作品のビートを生む。田舎でのいい加減なのんびり、そして都会でのオフビートなスピード感、どちらもダメ男のペースが生み出すもの。都会でのかりんちゃんとあんずちゃんはなにか『天然コケッコー』を思い出させてくれる。あんずちゃんは化け猫だけれど、ゴジラのように皆から驚かれてりしない。日常に溶け込んでいる。都会に行っても同じである(ただし、あんずちゃんが街の路上で座ってなにか飲んでいるとき、女性ふたりが駆け寄りしゃがんで「お利口」と言ってスマホで撮影されたりはする)。やはりやおろずの神の国である日本がゆえ、みんな自然と受け入れているのだろうな。そしてしっかり者のかりんちゃん。かりんちゃんは家から出ていくお父さんにこれだけしか持ってないけど、と、お金を渡すけれど、ダメ男のパパにしてこの子あり、という感じで、しっかりしている。世渡りも上手いのか、弱弱しく見せて大人からちゃっかり金を巻き上げたり、自身の魅力で男を虜にして思い通り動かしたり、と、したたかである。ズルいオンナであるかりんちゃんはヘンなおっさん猫には、べつにー、とか、〇〇だし、とか言ってのらりくらりにはぐらかし猫ちゃんを蔑視しているかのよう。でも気になっているかのよう、も表されたりもする。まだまだ小学校5年生のかりんちゃんである。なにか、『もらとりあむタマ子』の娘と父のようでもあるひとりと一匹の関係性。ちょいとひねくれているかりんちゃんであるが、彼女の心の解放、それすなわち、子供らしく素直になること、それまでがプロセス的に表される。それにしても、お母さんあのあと大丈夫だったのかな。それにしても鈴木慶一の和尚さん、とても鈴木慶一に似ていたな。そしてかりんちゃん、貧乏神は後で憑りつくからなと言っていたけれど、たぶん大丈夫であろう。ネガティヴなよっちゃんには近づいたけれど、かりんちゃんはポジティヴに変化しているゆえ、それはないだろう。そして、素直になること、ラストのショット、やはりよい。
ネクスト、『TOO YOUNG TO DIE! 若くして死ぬ』である。清原果耶は鬼の役もしていたのか、サプライズ!とずっと思っていたら後で調べると、じゃなくて、清野菜名であったり、最初は栗山千明だと思っていたらよく見ると尾野真千子であったりオノマチ、ヤマノブや石井裕也だけではなくクドカンでもやってるんだ、『リアリズムの宿』で「東京どこ住んでるの?」と尋ねられすかさず「原宿」と応えるのは笑ったけれど、本作での長瀬が才能がないことバレること怖れ尾野がせっかく見つけてくれた仕事を断るときの尾野真千子のリアクション、これまた天才的所業と笑ったけれど、やはり彼女は持ってるもの違うな、となったり、トモロヲやみうらじゅん出ていたり、クドカンゆえにお馴染みの猿時、新太、良々が大活躍であったり、上や下やの大騒ぎ、もーH、イヤーンバカーン、そう、ヘルもヘヴンもイニシャルH、コードは指が届かないH、無理があるからやってのける、神木は君の名は。での声優や本作実写の主役やこの頃ノリにノってる、ギターがチャーによって、マーティフリードマンによって、ローリーによって、野村義男によってギンギンギラギラに奏でられる。あまり私的にはノレない作品であったが、興行成績もよいし好きなヒトにとってはきっととても大好きな作品なんだろうな、のカーニヴァル。報われない恋がある、それが成就、それも男女間の愛という形だけではなくもっと大きな愛として成る、愛のオンパレードな作品なのかな、これ。彼岸と此岸を行ったり来たり、執着があるからこそ生き物、いろんな生き物に変化する、生イコール愛!!それがやおろずの國の生命であり宿命よ、とばかりに、愛のオンパレード! そして成就した先に見えてくるもの、底辺の底辺が、てーへんだけど、地獄が天国だぜ、ロックンロール!
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