mixiユーザー(id:2566286)

2025年03月20日11:22

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半世界

 
 半世界おもしろかった。死が表されるのはなんだかお涙頂戴のヒューマニズムきどりであまり好きではないけれど、なにかに書いてあった青年でもなく、かといって老年でもないまだまだ半分の世界が半世界、それを照らすと、まさかと思う、心筋梗塞かなにかその唐突にやってくるその年齢での死もまた半世界というテーマにあっているな、と、ふむふむ、と納得。社会の鏡としての映画としてはしっかり立っている。長谷川博己は散歩する侵略者同様に主役を喰ってしまう存在感、というより、黒沢清も阪本順治も影の主役として彼を置いているのだろう。本作において彼の変化が稲垣の息子のそれと同じようにキーとなる。稲垣吾郎は存在として在る。大黒柱として相応しい。なにを考えてるか分からないながらも、家族からはなに考えてるのかがあまりにも分かりやすい存在としてデンとしてそこに在る。奥さんには甘え半分に駄々っ子な感じで文句、されど、彼女に愚痴たたかれても愛されている。息子にとっても意識の対象。そして稲垣は友情も人一番あつい。渋川清彦とてもよい。本作とても名演である。一歩引いたかのように自然体に佇む稲垣と渋川に比し、長谷川はとてもアクトしてますってぐらい、やや暑苦しさもあるが、それでももちろん大根役者ではない長谷川、彼がいるから作品に説得力もたらすのだろう。死が訪れるシークエンス、リラックスした表情の船上にいる長谷川、バスバスと言って急ぐ池脇(そしてのちに表される内助の功と息子の意思)、年上の義理の息子に蓮司が追いかけまわされる渋川家の春、それらに微妙にあらわされながらも在るしっかりとした変化がたしかに表される。

 何故に炭焼き師か、とネットのなにかにあったが、地味で暗い所に隠れがちながらにもメラメラと炎が燃えいるその様は、阪本順治的に、その闘志という意地、根性という意地、そしてプリミティフにも古代からある土着性としても必要不可欠なものとして在るのだろう。親子関係にある継続する意地、そして友情関係にあるそこはかとないながらもしっかりとして在る意地、それが通される。







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