購入したわけではないものだがLA篇のはじめとして拝見。
夕陽のガンマンおもしろかった。イーストウッド/レオーネのスパゲッティ―ウェスタンのトリロジーは洋画劇場なんかで観ているはずだけれど、荒野の用心棒の鉄板下着のところぐらいしか覚えていない。数年前に観た続夕陽が印象的だったのでこっちもずっと観たくはあった。続のユーモラスなセンスに比すれば、こちらはくぐもった感覚、陰鬱な感じ。続での雰囲気はメソッドアクターであるイーライウォラックの貢献があろうが、なにげない役の幅の広がらせ方がそこにはあろう。本作品も演技派マリアヴォロンテがいるが、佇むだけで印象をもたせる長身であり渋みある皴と苦虫をつぶしたようなセンスの表情の主人公たちふたりがその存在感をフィルムで光らせるのに比すれば、マリアヴォロンテもまたウォラックと同様に作品自体そのものにある(エ)モーションの幅を広げるテクとして本作にいるように思える。けれど、ウォラックの陽に比しこちらは鬱、観ていると気がめいる。マリアヴォロンテのフラッシュバックを見つめる表情が本作をけっこう重いものへとする。リーヴァンクリーフはクレバーさ、心地よいが、彼も鬱を生み出すキャラであり、残りのイーストウッドが3人の中では陽なキャラかな、となる。イーストウッドによって体現化される主人公はとてもビルマニー(許されざる者の主人公)の若きし頃を彷彿とさせ、これは荒野のストレンジャーの主人公ともペイルライダーの幽霊ゴッドとも違い、人間味がある。ガウチョ姿のヒューマニティーはクライマッチョにも通じ、それもまた若きりし頃である。ワンスアポンアタイムインウェスタンにも通じる長尺のショットが印象的な続であるが、こちらは普通にテンポがある繋げ方である。だからストラクチャーに関しては印象に残らないだろうと思うけれど、たぶん万人が印象を持つであろうことから邦題が付いたと思われる、最終盤の夕陽をバックにしたリーヴァンクリーフはきっと心に残るだろう。
許されざる者はドンシーゲルとレオーネに捧げられているけれど、ビルマニーの苦虫つぶしの表情はダーティーハリーにもトリロジーの名無しにもあるものであり、イーストウッドのハリウッドでのイメージを形作ってくれたものであろうが、そのお礼もあろうけれど、リーバンクリーフのテンガロンハットを撃つところとか、リチャードハリスをボッコボコにするシーンと重なり、そこにイーストウッドの許されざる者での強い思い入れ、オマージュを感じる。許されざる者でも演技派ハックマンを配しストラクチャーをバランス立てているな。
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