そして、町田くんの世界。そして、愛がなんだ。まずは、町田くんの世界。恋心の芽生え、というか、気付きまでが表される。と同時に、悪意に充ちた世界での、他者に対する善意を持った”想像”の尊さが語らしおん。そういった意味では、とても石井裕也くんの世界なのである。他の作品、例えば、茜色に焼かれるにおいても、痛みを持ったうえでの恋心の芽生えが少年に表され、悪意に充ちた社会が表され、”想像”はラストの方の演劇で開花する。網羅していないけれど、石井裕也くんの世界は、組み立てはそれぞれ異なれど、そのテクストにおいてどれもそうしたストラクチャーで構成されているのではなかろうか。そしてやはり、主演のふたりがよい。彼らの輝き、同世代の役者も含め脇を固める方たちが光らせてくれているところも大きいのだろう。そして、愛がなんだ。深川麻衣が岸井ゆきのに、あんた不思議ちゃんっていうより不気味ちゃんだね、って言うけれど、本作はある種、妖怪譚のようでもある。ホンワカフワフワなのだけれど、情念が象のように大きく太く増幅して妖怪になる女の子。でもそう考えれば、街中に大きさはさまざまだけれど、そんな妖怪がひしめき合っているはず。それは男子にも言えることであろう。それを表象するのが若葉竜也。でも、深川にも江口のりこに恋する成田凌にもそれはある。愛”は”なんだ、ではなく愛”が”なんだ、そこでは愛はなんだのように、愛とは何か、の問いもあろうが、愛がなんだーっつの、と愛の概念を否定するかのような言葉も感じられ、でもそれは愛ということに執着している裏返しともなる。女の子はやがて恋でも愛でもそれを越える、その言葉におさまらないモノを精神・身体に宿していること気付く。ラストの象と彼女。妖怪のようでもありながら愛おしい存在としてそこに在る。
つづく
ログインしてコメントを確認・投稿する