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2024年08月01日10:18

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花束みたいな恋をした(途中頓挫)


花束みたいな恋をした、おもしろかった(でも途中頓挫)。ウンチクを語る冒頭の主人公それぞれのアップのショットの切り替え、かつて恋人同士で影響を受け合った過去が彼と彼女を形成しているのか、なんだか雰囲気的に森田は(ハル)のようだな、となるも見ていくと、なんだ隣のテーブルにそれぞれがいる設定か、ウンチクかぶれふたりの最初の出会いか、となり、ふたりの動向を追う。人数合わせるためにパーリーに呼ばれるふたりを見ていると、なんだか”窮屈なふたり”に感じられてきて、終電なくして深夜レストランにたまってもだまっているふたりを見ていると、とても日本人していて奇妙に見え、で、「押井守」で互いに親近感持つのは、なんだこいつら趣味人なのか、好きなところが共鳴するとふたりニコニコ顔と、なんだか、ふたりは互いに親近感を持てれど、こちらからは親近感を持てない距離感が保たれる。けど、美男美女のふたりがそこらへん歩いている若人たちにも見えてきて(それはメイクのおかげだけではなく彼らのアクトのおかげもあるだろう)それはそれで庶民感あっていいなとはなり、でもって、こんなヲタク系、福田雄一や今泉力也の登場人物たちと共通するな、けれどなぜか好きになれない、ウンチクこだわり強くそれ以外は認めることできないみたいなところをふたりから感じるからかな、となり、でもそこが都会で生きるも不器用なふたりをシナリオ乃至ストラクチャー上で形成されているのかな、頑固さ意固地さはありながらも流されて生きるのは誰にしもある普遍なのかな、となり、やがて告白前のところ、最初のウンチクとは逆のことをふたりは行い、いわゆる映画的にいえば、ヒューマンになった、という変化が表されのだな、ここ。でも、ふたりにしか分からないニッチさ、押井守とか村上隆とか小池栄子とガブリエラなんとかとかウェイバーウェイブとか、フツーに誰にでも分かるものではないかな、とはなるも、あまりにもマニアック過ぎなことばかり並べるとほんとにオーディエンスがついていけなくなるから、誰でも知っているニッチをならばているのだろうな。ふたりのラヴライフの後、架純がブロガーかネット小説家か彼女がよく読んでいたヒトの死をネットで知り、ファミレスのような風だけれど違ってたぶん行った旅先にあるヒトが並ぶレストラン(テレビのレストランを訪問する特集番組であっているようなの)に並んでいたり、と坂元裕二、怪物がシナリオ的に評価のバズり方でそんなに凄いのか、となっていたけれど、あまり時代の切り取りは時代が過ぎれば作品自体が古めかしくなり普遍から遠のくからあまり好きではないけれど、本昨や怪物から考えると時代の切り取りに果敢に挑む坂元は凄し、と思えてくる、となる。その時代にあるイシューがおのずと浮かび上がり、それはそこにしかないものの場合もあるからである。おもしろい。と、どーも自前の創作中は作品の新規開拓をしてもアタマに入ってこない。観るなら、すでに観ているお気に入りのものでしかダメだな、と、花束みたいな恋をした、をストップとなる。(もしかしたら、続きを観るかも。)

ちひろさんもたぶん、観てもぜんぜんアタマに入ってこないだろうな。

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