ゴジラ-1.0おもしろかった。男たちの旅路の鶴田浩二なら、生き恥は晒したくない、友よいまそこに行かなん!テンノーばんざーい、とゴジラの口のなかに入っていくのだろうけれど、それは昭和、せいぜい平成の真ん中までに通じることなのであろうし、伏線として、母から言われたこと、など、生きることへ向かうことがバンバン出てくるので、優香のご主人が助け船をだしてくれたから、だよね?だよねだよね、ラッキー、とパラシュート、というわけではないのであろう。そこまでの流れ、死へと向かう美学と生きることへの希望がうまいバランスで作品に緊張をもたらす。それが本作の雰囲気を形作る最大の様相であろう。そして、カミカゼへの米国がもつ憧れは昔からあるものであり、セロトニンが増幅するような生の解決策のハッピーエンドもあり、アメリカでのナウなヤングにバカウケなのも分かる。それでも一番はゴジラの勇姿こそが皆のドパーミンをドッパーンと増やすのであろう。東宝のはしばらく見てないから思い出せないけれど、ハリウッド産のゴッドジラは出現のときなかなか姿を現さず、出てくるにしても、眼や口など細部のショットから小出しして見せていくのだけれど、本作のゴジラはとてもナチュラルになおかつダイナミックに、振り向きざまの全体像から颯爽と登場、そりゃー男も女も惚れますわ。
ヲタク評論家としては、原子力は日本の現在ヒストリーから切り離せないもの、必見であるから観賞へ。もはやアトムが後退した後では、その恐怖のみが現前する。オッペンハイマーへのアンサーソングが亜米利加を席捲する。
ログインしてコメントを確認・投稿する