フェリーニはたぶん夢や無意識が表され、ヒトがあるモメントに生まれるものを見ていて、夢が覚めるときに気付くのと同じように、彼/彼女はそれが現実とかけ離れたものであることは知るのであるが、されどやがて集団的無意識のなかで、俗という人工的夢世界に入り込んでいることを理解できないままのヒトがそこに表され、彼/彼女は自身を見失う、またはそうした現実を受け入れ知り、解脱できる、という形が表されているのかな、となるも、一方のブニュエルは完全に非日常に生きておりそれをなんの不思議もなく日常と受け入れ営みにある、というマジックリアリズムな感じがする、となるも、ラングのマブゼには人間性があり、サイレント時代のファントマやジャンマレイの緑の顔したファントマの神出鬼没も異形人ぶりもなく、人間的な弱さも見せることによるウィークネスをMと同様に表わしているのがあるが、そこに人間の持つ矛盾を提示しているのかな、となる。そしてそのどれもが、なにか懐かしき、現前と不在の特異的な同時性はなつ幻燈のごとしないろめきがある。
おわり
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