私的にはエイティーズはアッパーにしてアーパーなイメージであるが、廃墟がブームでインダストリアルが好まれたともあるが、きらびやかさとは真逆、そんなのあり?と思うも、リドリースコットの暗闇にドアが開きドライアイスの煙が舞う、やテリーギリアムから、なるほど、そうなのかな、マリリンマンソンやナインインチやナインティ―ナインもそれぐらいからの活躍、そうかもな、となり、ナインティーズは無意識の露出とあり、マンバやギャルはそうなのかな、でもってリアルの露出とあり、90年代以降のロスジェネ、オウム、様々な天災、WTCの崩壊etc、そうだな、岩井俊二のリリーシュシュの痛さ伴う”痛感”や、愛のむきだしがリアルか否かの感覚は分からないけれど、アーパーであってもアッパーではない(MDMAによるそれはあるかもしれない)ものは全体をおおう。自分らしさのマインドがナウな若者にバカウケらしいが、そんなのいつの時代にもあって、自分らしさは求められているだろうと思うも、男性視線にこびないブラックピンクなんかのガールクラッシュやレディーガガ、なるほどマドンナはまだ男性視線を意識したものかもな、アッシーやメッシーがメルシーと女性から嬉しがられ、そこには男性視線は介在するし、で、のんやアノはスキゾキッズの末裔のような気もするけれど、薬師丸もぶりっ子カマチもどの時代にもあてはまりそうであてはまらないのがスターのスターたるゆえんか。
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