わたしは光をにぎっている、おもしろかった。本作品でもフィクションとノンフィクションが並置される。目ん玉もまん丸く鼻の穴もまん丸い可愛い子、そうauでお馴染みの松本穂香もあって観たところもある。意識高すぎ!高杉くん!光の方へがラスト鳴ったけれどビックリ、この作品のために作られたのかな?やがて海へと届く観たときはものすごく器用につくれるヒトなんだなと印象持ち、ほとんどの作品の予告編を見ると「水」のイメージがあふれるようなみずみずしさあり、逆にナチュラル目指す胡散臭さも感じたけれど、生き方は不器用なのかな、となる。自身の生活世界と結びつくものしか描いていないのかな。ナチュラルな映像、胸キュンに近いとこあるけれど、「水」ゆえタルコフスキーなとこもあるのか、となるも、喪失感が最初から覆うのは若干近いとこあるかのような。共感を大事にし言われなきゃ動かない人を表すのはコンテンポラリーか、でも、動かないというよりなにをしていいのか分からないというとこなんだろうな。されど、閉塞感にみちているではなく見渡せば世界があるという風景の取り方はそのショットショット、ショット群にある。
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