巨人と玩具おもしろかった。カチッカチッと鳴るライターの点火にオーヴァーラップする資本主義の夢が表され、アサンブリーラインが埋めつくす人々と同様に表され、されど、システム化される人間というよりかは、過剰が人間性を失わせる、というテーマが本作。社会を戯画して遊ぶマスムラの頃のセンスである。安保デモと商品景品の宣伝カーが同じショット内に表されたり、不景気だ〜、あー絵に描いたように不景気だ〜、という声が聴こえてきたり、と、江戸時代の風刺錦絵状態の感覚。満員電車のときと違って、川口松太郎のご子息と長谷川一夫のご令嬢は粋なセリフを交わしながらモダニティを発揮する。川口浩はこの型は崩せるかと、まるで横綱相撲の不動明王のいつもと同じアクト。それが作品に合っている。野添ひとみは責任感ある女性もやれここはつまんないと憂いながら愛を求める女性を演じることもでき、そしてここでは虫歯だらけの蓮っ葉娘のアイドル、今でもいる日常性を体現する。あれだけ宣伝すればヒトは買うものだろう、エイティーズの頃のなんとか銀座やカネボウや資生堂のCMでヘビロテに鳴りまくる音楽はヒットチャートに躍り出るのと同じだろうと思うも、本作の中ではそうではない。経済学のことはあまり分からないが、それもありえるのだろうな。過剰が人間性を失わせるは、時が過ぎ、現在になって分かりやすく見取られてくるかもしれない。が、ミュータントというか、新たに生まれいでるヒューマニティーがあるとは、マスムラも、そこまでは想像していなかったのだろう。彼が求める大地の子守歌は此処には決してないのだろうけれど。
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