ある男おもしろかった。ところで、MrsMrMissロンリーで、舞台はどこか特定できないようなエリア仕立てで、そこには沖縄基地の雰囲気ももたらせられていたけれど、度々現れるバンドってヴァウワウワウなのかな、それとも、コンディショングリーンなのかな、という雰囲気をもたらすロックサウンド、時代に合っている。そこには映像という形で、消せない記憶、というより消せずに今ある現在、というもの強く有る。ある男も今ある現在が表される。なにか別のものに逃亡したい欲望、されど決して違うものになりえないながらも、自身が謎に分からない現在がそこに続く。鏡を見ると父親と同じ顔がある苦悶の窪田もそうであり、それはラストの妻夫木においても言えるもの。柄本明がヘクターのようなメンターとして登場するも、自身という謎は解決の手掛かりを見つけれないこと、本作は最後にあらわす。わたしってどこ、ここはだれ?救済は表されながらもラストの不穏な快楽に充ちた余韻、そこんとこサイレンスオブラムスも意識していたのかな。
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