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2023年06月01日22:44

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ストロング小林さん追悼(400)

全日本プロレスとの興行戦争ですが、全日本プロレスは新日本プロレスより1週間早い8月18日、鹿児島県立体育館(テレビ収録、観衆4,000人満員発表)で「サマー・アクション・シリーズ2」が開幕。

ミル・マスカラスの実弟ドスカラスが待望の初来日を果たし、日本でマスカラス・ブラザーズが初結成されました。他、ランディ・タイラー、ムース・モロウスキー、ドン・カヌードル、ムース・モンローがフル参戦、後半戦にエル・ハルコンが特別参加。大木金太郎が開幕戦8月18日〜22日の博多スターレーン大会、間に空けて9月8日仙台市レジャーセンター〜最終戦9月14日、京都・日本正武館まで特別参加、キム・ドクが外国人ヒールサイドとして全戦参加。

開幕戦はマスカラスがザ・デストロイヤーの持つPWF認定USヘビー級王座に挑戦し2−1で勝ち王座獲得。ドスカラスの初来日第1戦は淵(渕)正信をウラカン・ラナで降しています。

マスカラス・ブラザーズは翌日の8月19日、鹿児島県鹿屋市体育館(観衆2,800人発表)で実現し、鶴田&ロッキー羽田組を2−1で破りました。

東京の大会場は8月24日、田園コロシアム(テレビ収録、観衆6,700人発表)大会。この年は前年の雨天には成らず天候に恵まれ、馬場&鶴田組がマスカラス&ドスカラス組のマスカラス・ブラザーズを2−1で破り、インターナショナル・タッグ王座3度目の防衛を果たしましたが、ドスカラスと馬場&鶴田組の体格差があり過ぎていい試合にはならなかったです。観客発表は前年8月25日の同所での興行を500人上回る発表も満員とは成らず。

8月27日、兵庫県神戸駅前南口広場特設リングで日本プロレス時代から活躍した大ベテラン、ミツ・ヒライ(本名・平井光明)の引退記念興行が行われ、ヒライは糖尿病の為試合には出場出来ませんでしたが引退セレモニーが行われています。日本プロレスでは馬場、猪木より先輩に当たります。ヒライにはこの日の収益金の中から功労金として金一封が贈られました。

グレート小鹿が著書「小鹿注意報」(五月書房)の中で「ヒライの引退興行の時、日本人選手のその日のファイトマネーをヒライにプレゼントしよう、という件を全日本に参戦しているジャパンプロレスの長州力に相談したところ、長州は『素晴らしいアイデアですね、ウチは協力しますよ。』と全面的に協力すると気持ちよく約束してくれたが、馬場が『余計なことをするな』と反対し、金一封となった。」と書いていますが時系列的に合わず、小鹿の記憶違いか馬場を貶める為の創作話かと思われます。似たような話が誰かであったのかも知れませんが…。

8月31日、大阪府立体育会館(テレビ収録、観衆5,500人発表)大会ではマスカラスに初来日のエル・ハルコンが挑戦したALLL(オールラテンアメリカ・ルチャリブレ)ヘビー級選手権試合が行われました。試合は1−1からエキサイトしたハルコンがマスカラスのマスクの口の部分に手を掛けて引きちぎるマスク剥ぎに出て反則負け。

マスカラスは「マスクを破くとは許せない。こうなったら、ハルコンとマスカラ・コントラ・マスカラ(敗者覆面剝ぎマッチ)で決着をつける」と宣言しました。

この試合、雑誌「ゴング」の山口雄介氏主宰のザ・マニアックス、マスカラスFC「エル・アミーゴ」会長の清水勉氏(後の週刊ゴング編集長)による鐘など鳴物を入れてのマスカラス応援隊後の過剰な応援が大阪の一部の観客の怒りを買い、初来日第1戦のハルコンに声援が集まるといった事態になっています。

「ゴング」編集長であり主筆の竹内宏介氏は「別冊ゴング」78年10月号の編集後記にて他の観客から反感があったことは認めつつも「まるでアレナ・メヒコで観ているような気分だった」と擁護したが、説得力には欠けました。

9月8日、仙台市レジャーセンター(テレビ収録、観衆3,000人満員発表)で鶴田とマスカラスがノンタイトル戦のシングルマッチ60分3本勝負で対戦、前77年8月25日、雨中の田園コロシアム決戦以来の対戦となりましたが1−1から両者リングアウト。

9月11日、盛岡・岩手県営体育館(観衆4,000人満員発表)ではデストロイヤーがマスカラスのPWF認定USヘビー級王座に挑み2−1とマスカラスから2フォールを奪って王座奪回を果たしていますが、マスカラスの王座奪取はテレビ中継ありもデストロイヤーのリターンマッチはノーテレビ。マスカラスはひっそりとベルトを返した形になりました。

これより3年前の75年のアブドーラ・ザ・ブッチャーとのベルト移動劇も同じで、10月12日、大阪・千里中央万博記念公園お祭り広場でブッチャーが王座獲得した時はテレビ中継あり、12月3日、群馬県桐生市民体育館でデストロイヤーが奪回した時はノーテレビと明らかな差をつけています。

9月13日、愛知県体育館(テレビ収録、観衆5,500人発表)大会は「3大決戦」と銘打たれて開催されました。

メインイベントは鶴田のUNヘビー級王座にドクが挑戦、1本目はドクがエイブ・ジェイコブス(アベ・ヤコブ、マスクマンのレッド・ピンパーネル)のオリジナルホールド「キウイロール」(回転足固め)で先制、2本目は鶴田がジャーマン・スープレックスホールドで返し1−1。3本目は60分時間切れとなり、5分間の延長戦を行うもこれも時間切れ。1−1の引き分けで鶴田が7度目のタイトル防衛。

これまで便利屋的に使われてきたドクがアメリカ修行の真価を発揮、その実力を見せつけました。

マスカラスvsハルコンの再戦、ALLLヘビー級選手権試合、マスカラ・コントラ・マスカラ(敗者覆面剝ぎマッチ)時間無制限1本勝負は、期待されましたが内容は凡戦で僅か4分38秒、マスカラスがジャベの一つである弓固め(ボーホールド)でハルコンをギブアップさせ勝利。

敗者ハルコンは潔くマスクを脱いで、正体がクエルボ・オルティスであることを明かしていますが、実は、両者は1年前の77年7月29日、メキシコシティ・アレナ・メヒコでマスカラ戦で対戦、2−1でマスカラスが勝っており、以後ハルコンはメキシコでは素顔で試合をしており、日本遠征用にマスクを被った「なんちゃってマスカラ・コントラ・マスカラ」でした。

馬場は大木とノンタイトル60分1本勝負で対戦、大木のマンハッタン・ドロップ気味の急所攻撃に怒った馬場がお返しのローブロー攻撃、これで大木はもんどり打って場外に転落、4分50秒に馬場のリングアウト勝ちとなりましたが、内容的には乏しい一戦でした。

鹿児島県立体育館が先攻が全日本プロレスの8月18日で4,000人満員発表、新日本プロレスが後攻で9月11日、猪木vs上田馬之助がメインイベントでしたがノーテレビで5,000人超満員発表で新日本プロレスの勝利。

大阪府立体育会館は先攻が全日本プロレスの8月31日で5,500人発表、新日本プロレスが後攻です9月19日、こちらは旧府立の記録とも言える入りで9,500人超満員札止め発表で新日本プロレスが圧勝。

東京の大会場は全日本プロレスが8月24日、田園コロシアムが6,700人発表、新日本プロレスの9月21日、品川プリンスホテル・ゴールドホールが6,000人超満員発表。田園コロシアムは約10,000人収容、品川は5,000人収容でキャパに差がありますが、前回とは逆で全日本プロレスが動員では勝ちましたが密度では新日本プロレスが上回ったと言えます。

地方興行では絶対的強さを持つタイガー・ジェット・シンと上田を持ってきたこと、生中継を通じてシンと上田の仲間割れが強烈なインパクトを呼び、満員、超満員の会場が続出しました。

先の「サマー・ファイト・シリーズ」が35日間に27戦だったのに比べ、「ゴールデン・ファイト・シリーズ」は32日間で31戦とオフは9月10日の1日のみ。売り興行の数がシン、上田のヒール人気の高さを証明しました。
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