ファーストフード・ネイションおもしろかった。ニクソン&ベトナムウォーからの慢性的政治不信日常不信はもはや常化しており、トランプをきってジョーカーがでてこようが映画の中でジョーカーが出てこようがトランプがリアルに出てこようが、ジェネレーションXたる人々は驚くことも失望することもないこの世界。そんなしみゅらークルクルパーな世界の文化のひとつ、食を考えさせるのが本作である。3つぐらいのエピソードがパラレル進行する感じでそこにはメキシコ人のハナシもあるのでなにか、ソダ―バーグはトラフィックをダブらせちゃうけれど、虚構とリアルがリバーシブルしちゃうようなセンスのソダ―バーグに比して、本作はリンクレイターらしく淡々としながら夢と現が曖昧な世界を進んでいくセンス。途中にアンバーが彼女がバイトしているファストフードレストランにリアルがないと言うが、アメリカンのシミュラークルな生き方に、メキシカンというアメリカの外側にいる人々がハンバーガー肉製造工場を内側から見て、リアルを見ようとしないアメリカに疑問を呈するストラクチャーをとる。真面目に生きるが勝利しふしだらに生きるが遂には辛苦をなめる、或いは理想主義のロマンティストが勝利しワルなゴミ企業が遂には泣きを見る、というわけではないのがリアルだと、リンクレイターは当たり前だのリアルを表してみせるが、アメリカという社会を生きるにはそうした生き方しかない、ということそこに表す。されど、リンクレイターのにはほとんど必ず顔を出すぜなイーサンホーク(彼はリンクレイターにとっての三船敏郎というよりも、情けない悪役もやればメンターも演じればの志村喬であろう。或いはその存在感から、リンクレイターの笠智衆ともいえる)が姪のアンバーに変わりたいならこの町から出ろと言い、彼が学生運動で大学を放免になったことを彼の姉であるアンバーの母親から明かされたり、やがてアンバーは環境運動テロに加わり理想を見出そうとすることはヒカリに思える。それでも、環境運動テロリストの若者たち(そこにはアヴリルラヴィーンの顔も見える)が談義のなか、牛を工場から逃がしてやって、牛が国境に向かって走っていき街が大混乱のなか真実を皆に知らせるの、となり、皆も、そうよそうよそれがいい、とニコニコ満悦となるも、私的には柵を壊したからといって牛が群れとなって走って逃げていくか?と思うも、やはり牛たちは走り出し逃げ出すこともなく、若人たちは失敗した、でも行動はしてみせたと言うも、そこに人間理想主義のナルシズムだけが浮かんできているようになってしまう。映像は残酷を捉える。理想主義者のひとりであるシルヴィアは病身の夫のために背信行為をしてしまい、地獄に堕ちるようにスローターハウスに入っていく。解体される牛たち。ギャスパーノエが好きな屠殺フランス映画は淡々とその過程を表していたが、本作での屠殺にはロジャーウォーターズ主導のフロイドのようなBGMがかかり政治的にも感情的にもこりゃ問題ある、な感覚に導かれる。ロッテントメイトー的には評価悪いのはあまり明るい作品ではないからかな。でも他のメディアではけっこう高評価ではある。この作品と続くダークスキャーナリーではリンクレイター、いつもの哲学瞑想と違い政治志向が続くな。アメリカはあいもかわらずシミュラークルという夢に浸って脱出することをしない。フィロソフィとポリティックスはリンクするものではある。
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