解決策模索どころか問題提起もない14歳の栞はドキュメンタリーであっても青春映画の様相が強い感じでそこがよかったのだけれど、オトナのドラマ失楽園は問題提起を表している。恥の意識の圀で恥をアピールすることだ。義父の死とともにオンナは実父の行方知れずをオトコに打ち明ける。アイスクリームを舐める夫とふたりの父、家庭にも家族にも父性の喪失が訪れているからか、ホテルに呼び出され、オンナはオトコにオクチで母性を指し示す。星野と黒木、苦しむオンナたちに比べたらオトコは呑気なものである。男社会の圀だな、やはりアンポンジャポン。されど会社にばれて、オトコもさすがに苦しみだす。国家経営の放送局からお茶の間に明るさを届けた坊ちゃんとのんちゃんが、主人公それぞれの家族社会パートナーとして、後半はオーディエンスに憂鬱さを届ける。カメラアイも揺れに揺れだし虚無感を漂わせる。オンナは淫らなことがなぜ悪いと母に言い、オトコは社畜をやめることを娘に示唆する。なにも死ぬことはないのに、と思うも、淫らなオンナはその美しさを凛々しく際立たせ、社畜をやめたオトコは武士道の如くの面様で、電車で失楽園に運ばれる。ミルトンからすれば楽園追放だろうけれど、アダムとイヴがヒューマニティーをその後に創り出したように、人間らしさをその地に生むであろう。結合したまま死ぬなんて、この恥の意識の圀で母親にも娘にも恥ずかしくて顔向けできないであろうが、オンナとオトコは敢えてタブーを選ぶ。ヒューマニティーをそこに生む。恥なぞない。愛がそこにあるのみである。
ps
ラストに死体案件調査書が大きく映し出されるけれど、その後にミステリーが増えてくるけど森田、なんとも不可解な人間というものに引き寄せられていくのかな。
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