映画 聲の形おもしろかった。アニメの見過ぎで、失恋レズビアン倉本すみれ皆瀬あかりをポチりそうになってスンデのところで止める、オンナノコ同士のチュッチュな思春期あぶなかった。せめてㇸトロセクシャルなら、、というものではないっ、ポチりを封印しよう。ベッドの下に隠すジェネレーションさよならレヴォリューション見せかけの恋ならいらないソーワンモアキストゥミ、ガラスのジェネレーションさよならレヴォリューション君はどうにも変わらない悲しいけれど。みんな〜アニメの見過ぎには気をつけよう。しかし、聲の形にココロ洗われる。主人公たちは真摯に向き合う。こんなに抱え込まなくても、と思うが、抱え込むからドラマは進むのだろう。イワシュンの主人公ですらもここまで世界を受け入れないだろうし(世界が不透明だからというのはある)、ソノシオの主人公はそもそも世界なんか関係なく我が道をワ〜〜っと言って駆けていく。本作の主人公たち、抱え込むのか、そこまで、となるも、けど、これぐらいの年齢なら世界を抱え込むかもしれない。世界は重い。いわゆるセカイ系が世界をスルーして〈キミ〉を守るのに対し、本作の主人公は世界を受け入れることにより救済を得る。相手を受け入れ受け入れられることができる。贖罪や罪滅ぼしのためというより(確かに最初の方は手前勝手なそれがあろう)、これもある意味、赤い糸なのかな、となる。
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