『ファニーゲーム U.S.A.』
ファニーゲーム U.S.A.おもしろかった。オリジナルはその後なにを書いたか忘れたけれど(あとでチェックしよう)、いま思い出されるのは、ムナクソ悪かったということ、それは起こる出来事たち、そしてビデオ映像然とした質感がリアルを押し寄せさせたから、ということ。今回もそれを覚悟で観たからか、ムナクソ悪さはなかった。むしろ耽美なものを感じる。映画という質感からか。オリジナルでは知らないアクターたちゆえリアルをリアルに感じられたけれど、今回はおなじみの顔ぶれ、ワッツにロスにピットたちファミリアゆえか、映画を観ているという感覚、それにオリジナル見ていてプロセスを知っているから、ヘンな言い方だけれど、安心して観ていられる。なんだか団鬼六のような展開、エリートたちを虐待。されど、そこには責める方にルサンチマン的なバックグラウンドが表されているわけではなく、ノーラン・バットマンのジョーカーのような意味不明性というカオスが顔を出す。ヒースがオスカー獲得できるならピットにもやれよ、というような存在感。なんだか見方を変えればピカレスク・ロマンにもみえる。悪い評価の方で、陳腐な意味での、アートハウス・ポルノと言っている批評家がいるが、私は肯定的な意味でのアートハウス・ポルノと捉える。ハネケは知名度上がっていたからアメリカン製作者にこっちでも、あのファミリーゲームのリメイクやれよ、と声かけられたんだろうなと思うも、いっぽうでハネケ自身がアメリカというスペクタクル社会の本場で、これを制作するのが筋だろうと思ったのかとも思う。血塗られたワイドショー・ネタが毎日放送され、視聴者の身体に染み付き、日常化され、暴力はすぐそばを気付かないのではなく、もう防止などできないことナットクなユーエスエー。あのリワインドやカメラ目線での我々に語ってくること、スペクタクル社会に生きる我々への問いかけ。まだ遅くはないのか。あなたならどうする?
ps
オリジナルと比べてないけれど、スッキリしていたのは、殺人描写をアウトオブフレームで音だけで聴かせるとかできるだけ見せないことによって見せるメソッドで表していたからだからなのかもしれないな。だから陳腐なアートポルノと言った人は、オリジナルのように暴力を徹底的にダイレクトに表さなければ作品の意図が伝わらないと嘆いているのかもしれない。私としては、作品としても、あれぐらいのスッキリの方が良い。ハネケは中途半端になってしまったと嘆いているのかもしれないが。
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