<性の自己決定>原論、セヴンティーズまでは早く大人になりたい女性が多くいたけれど(池玲子をみよ、18歳とは。桃井かおりも言っている、むかしはねー、みんな早く大人になりたかったんだよねー、と)、薬師丸聖子のエイティーズから”女子”にだんだんなってきたのかな。でも当然に、その後も女子にくくられたくない女性がいっぱいいるわけで、そうした本質が家庭環境云々を問題にする以前にあるのでは、と思う。そして”女子”という時代にいろんなタイプが共存しているから、法ができてもそれをかいくぐって(それが生=性というもの)生きるのがセクシーなのかもしれない(宮台は世の中の流れを良くしようとする、或いは世論にうまく乗ろうとして、物事を決めつける整備しているかのような法にもいちゃもんしている感じである)。女子がミュータントしてゴスが”女子”という時代に現れてきているのかもしれないし、前述した早く大人になる女性もいるだろうし(70年代の彼女たちとは違った時代にいるからまた違ったセンスだろう)、趣味がこうじた一般女子(女性?_)の山ガールもいるだろう。男子もオラオラ系とかオラ野原しんのすけとか植物系男子とかいるけれど、本質がそこにあるものとしておんなじなのではないかな、となる。
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