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2023年01月09日11:17

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リップヴァンウィンクルエッシャーヘイセイ


以前までは恋の罪が一番よいと言っていたが、ここ最近はドロドロドロリンが感覚的にダメになってきているのか、なにか爽やかなエッシャー通りが一番になってきて、でもって、岩井ブームの頃のナインティーズ作品はいまひとつ?で、むしろ最近のリップヴァンウィンクルズブライドや花とアリス殺人事件が凄いな、となり、あと、国内平成エイジも気になりふたつをアマゾンでポチり購入する。で拝見。

エッシャー通りの赤いポスト
  一連の報道から、藤田朋子と監督のカンケイをいぶかしげながら観る。あんなことがあっても、なにかこの作品、みずみずしい。
  あのこと忘れちゃいけないけれど、あの日のあとにすぐに彼は東北へ赴いたことも忘れちゃいけない。そんなガッツ、あたまん中フィクションとノンフィクションが行き来してるかゴッチャってるかそのどれもなのか。或いは、日本という、あるいは園という情緒不安定を基礎疾患にしてはいけないからか。
  虚構を駆け抜けろ、フィクションをノンフィクションに変えるチカラがテーマかな。その他大勢として生きるのではなくエキストラでもなく、人生の主役になれ、ということか。組織にも世界にも踏みつぶされるな、ということか。
  メインにキャストされる3人はそれぞれ悲惨な状況ななかオフビートな理由でアクターを目指す。そこが笑える。でも笑っちゃいけないのか。ちょいと消極的な性格の母親が病気の女性に比すと、切子と安子はそのどこに自信があるのかと思わせるぐらい自身に自信が充ち溢れている。嘘も罪も方便、虚構を駆け抜け生きている。方子は死んでいるのか。この再見で知る。
  反復しながらも決してミニマルなリズムを感じさせない。フィクションのなかには生々しいノンフィクションが有りそれが激流するからである。ぐるぐる周り巡るシチュエーションが繋がり巡り変容し、最終盤の撮影現場のシークエンスのなかにおいてはテイクが積み重ねられることによりひとつのシーンのシチュエーションが周り巡りながら変貌する。
  赤いポストは希望の受け入れ先か。というか、みんなの煩悩が赤く蠢き光る溜まりものか。やはりドロドロドロリンしている。

リップヴァンウィンクルの花嫁
  最初の方、観ていながらこれはコンビニエント社会という嘘から離脱が描かれるのかな、となるも、最終盤の方では、解雇されたのに寿退社したと言う嘘ヌリカベ主人公のそれまでの彼女自身からの変容が真白との出会いにより大切になったってことが、そこんとこが、コッコが大事なんだろうな、となる。裸になれること。
  ラヴレターを観たとき、なんだこれ、ふたりのヴェロニカのパクりか?と思ったけれど、それよりなにより、英語で書かれたエンドロールに違和感おぼえ、外国を意識してるけれど西洋合理的ロゴスにこのグルグルは理解できないであろう、木下恵介を理解すること以上に難しいのでは、ということ思ったけれど、最近になって、岩井は行間を描いていてそこに感傷をもたせるヒトなんだな、と理解してきているのである。アジアでは人気があるようだから、そこではシェアできる普遍感覚があるのだろうな。
  ハッキリ物申さずフワリと感じさせる行間、その間(ま)には、黒木華は花とアリスやチャラや松たか子よりもさらに上手く岩井作品にフィットしている。
  人妻の心の隙間というものも、90年代までなら性を表すという方向に向かったであろうが、今世紀においては、無自覚な弱さと無意識に在る強さを表すという描きをもってくる。行間に垣間見せる感じられは、そこではなかろうか。なにか、そこがみずみずしい。


コミュニケーション不足、承認欲求、革命が起こらない氷河期なぞ、戦争で穴がボコボコ生まれている国があちこちにあるのに比べたら、終わりなき日常のことがたいした悩みには思えないけれど、この国で生きるのならもう少し考えなきゃ、となる。も、最近の若者は過去を知らないからかなこの日常を清々しくも楽しく生きているようにも思え、成人の日コングラチュレーションず。





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