PTAが必然的偶然を、リンクレイターが必然的運命を描こうとも、アメリカ、それもジェネレーションXが志向するアメリカを描くも、こちらの3人は”アメリカ”、すなわちクオテーション・マークのついたアメリカ、イメージとしてのアメリカを表し、いますぐ傍にある不安がそこには表され、アーバン・アングストを表すスコセッシとアレンよりも広範囲にアメリカが共有できるそれを表しており、それはジョンフォードの”(ウェスタンというよりは)フロンティア”とキャプラの”(現在に言われているそれとは違った)ポピュリズム”をコンバインし継承するスピルバーグとは違った方向にプロセスる”アメリカ”が見えるのである。鼻から糸コンニャク〜〜。
まー、PTAとリンクレイターのジェネレーションXも想定されたイメージかもしれないし、そうした枠に押し込まれてしまっている、そうした意味で必然なのかもしれないのであるが。イメージが先か現実が先か、タマゴが先かニワトリが先か、と同じセンスなのかもしれない必然。
イーストウッドならアンフォーギャッフンを、タランティーノならパルプハックション、リンチなら〇ほらっ、ンドライブを観たくなってきた。
ログインしてコメントを確認・投稿する