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2022年11月20日14:34

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マグノリアとビフォア三部作の最初の2つ2



☆マグノリア Magnolia(1999)
 *ここ数年のうちに観ているけれど、ラストなど忘れているところも多い。けど、忘れているぶんラスト・ショットはオッとなり、新鮮に感動できる。
 *ショットに表されるものは日常スケッチ的なアルトマンはショートカッツと違い、よりスコセッシに近い感じであるドラマティック性がショット内に表されるPTA。そのショット内には、人生はつらいことばかりとばかりに表される出来事があり、人々の選択が表される。資本主義世界の抑圧と憂鬱や家族の不和などアメリカの縮図が表される。
 *精力的でマチョイズモなコンアーティストのトム・クルーズ、40年間駆け抜けてきたゲーム番組司会者、いまや動こうにも動けない成功者、彼のために精力的に愛を貫こうとする妻、彼のために息子を探すケア・スタッフ、通報があったり不審者を見つけたら必ずそこに向かうコップ、歯の矯正を夢見る元ゲーム番組の天才少年、勝ち続けながらも愛を知らぬゲーム番組の天才少年、セックスとドラッグをやめられない愛を求める女性、と、 登場人物たちはあまりにもアメリカ的な、動き続けながら思考を繰り返すプラグマティストなのである。
 *この作品自体もまた、動き続ける人物たちを捉えるドリーやステディカメラ・ショットによってプラグマティックに表される。そこには潜在的に、登場人物たちが「過去を捨てても過去は追いかけてくる」と言うように、過去が付いて回る。
 *敬虔なクリスチャンのコップとセックスやりまくりドラッグやりまくりな女性やディスコンセンサスな親子が表され、それまで交わることなかった愛や絆が芽生え咲き始める。
 *ラストショットのジョンCライリーの言葉は、マンブルし、「二度と言わないでくれ、自分がバカな女だと」と、映画的ドラマティックでもなくいたって普通のものであり、そこがよく、その言葉に応え笑顔を見せる女性のエンディングは、とても映画的であり、やはりそこがよい。

☆ビフォア・サンライズ 恋人までの距離 Before Sunrise(1995)
 *もう何年も観ていないけれど、哲学的だったり文学的だったりな会話が多かった記憶であり、ここ数年のうちに観たビフォアミッドナイトの世俗的な会話と違った印象であるが、観ながら、出会ったばかりのカレッジ・スチューデントの男女ならば、ハイデガーのハナシまではしないまでも、 ルイ=フェルディナン・セリーヌのハナシだったら、カッコつけなのではなく、そういう話が好きならするな、と理解し、夫婦になったらまったりで、もっと世俗的にはなるな、と理解する。
 *現実を表しながらも、夢と現が重なり合う浮遊感あるイメージがリンクレイターであるが、男性主人公ジェシーが「祖母が死んでから現実で彼女を見て以来、生と死が曖昧になった」ことや女性主人公セリーヌが言う「私の存在を忘れられたら私の死と同じ」こと、或いはふたりが「永遠か今夜だけか」とする会話にもたらされること等etcアンビバレンスるイメージもたせながらプロセス進む。
 *セリーヌが電車を降りるときのちょっとした勇気を見せるような表情と所作がなにか今回印象的であるが、リアルにいながらもロマンある時空間へのジャンプがそこには感じられる(後に、夜の公園の野原で彼女が言う言葉が、あっなるほどな、となる)。また、ジェシーは後に「ロマンティックな幻想で現実から逃避する」と言っている。今この時のウィーンはエトランゼ/ストレンジャーである彼女/彼にとって、リアルにしてロマンが相反する時空間なのである。
 *人物たちが立ち去っても、誰もいないその空間がしばらく表されたりするので、ロメールを想起させ、欧羅巴映画的時空間も見せる。
 *”理性ある大人”の態度で臨むふたりであるが、朝が来るとジェシーは「現実に戻ってしまった」と言うものの、ハープシコードの調べに導かれ、ふたりは踊り、キスをし、ハグをする。駅での別れ、告白は”理性ある大人”の態度をやめさせる本音であり、ふたりは夢から抜け、また再び新たな夢へと導かれる。

☆ビフォア・サンセット Before Sunset(2004)
 *こちらの方が、より文学的で哲学的な会話である。大人になった証拠なのだろう、あのふたり。それにしても、続けて観て、半年後に逢えなかったことは、いきなり興ざめさせられる。また、10年後の再会なのに、ご無沙汰しております、とするよそよそしさを飛びぬけ、まるで漫才コンビが楽屋ではなにも喋らないのに、ステージでは意気揚々と語り合うような異様さを表してみせる。それぐらい、ふたりは息が合っているという証左なのだろう。
 *前作は、街の景色をインサートし、次のシークエンスでは別の場所、と移動していくものであったが、今回はステディカメラ・ショットでずっと2人についていくセンスで、上映時間がふたりの実時間と同じという形式をとっている。
 *今回のテーマは、欲望はあるべきかないべきか、ということや、今を生きるとは、のようである。実時間の形式をとること、納得する。ラスト・シークエンスでかけられるCDの曲はニーナシモンの”Just in Time”である。
 *和気ワイワイを笑顔で表しているふたりであるが、やがて、映画的な確執も表される。 ふたりの上手くいっていない結婚生活も分かってくる。この作品のゴールは、ふたりの上手くいっていない実生活のことなのだろうか、それとも、ずっと求め合っているふたりのエモーションなのか。タイトルからして、リアルではなくロマンの方を示唆するだろう。逃避主義ではあるが、彼女が歌う歌がそれを指し示す。そして、踊るおどけた彼女の姿を見ながら”I know”と言う彼の笑顔にもそのこと示される。






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