《三陸6》承前
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11月5日、津波の日。
得てして旅に出ると、こんなケースが多い。
たまたま出掛けた日が1年に1度の神楽祭りの日に当たったり、なんちゃら感謝デーでイベントをやっていたり、美術館が無料だったり。
登米から次の目的地・陸前高田まで三陸道経由でわずか1時間
三陸を東西に走る高速三陸道は、仙台市内を除けば全長333�劼砲錣燭辰凸砧繕茣屬�続く。これも国策による復興支援
だからこそ、重ねて重ねて訪ねたい地域でもある。
3.11を機に『閖上』を「ゆりあげ」と読めるようになり、『陸前高田』は「りくぜんたかた」と濁らないことを知る。
《東日本大震災津波伝承館・いわてTSUNAMIメモリアル》
6年振りの陸前高田は、まるで未来都市のように変化を遂げ、建物マニアすら呼び寄せるような聖地にと再生されていた。
伝承館では、3.11で神的な活躍をした東北国道事務所リーダーのドキュメンタリーが流されていた。
その判断はまるで、シンドラーや杉原千畝のように、多くの住民をリスクから救っている。福島原発の吉田所長しかり。政治家には絶対にできない心意気。
おそらく、自分(←川オス)もこのような人間であると信じている。
建築家・内藤廣、おそらくライフベストの作品となるであろう道の駅《高田松原》は令和元年新築。
水庭を抜けて350メートル先の《海へ臨む場》へ向かう。
まるで、人生史上一番思い出深いスポットである《エストニア博物館の裏庭》に出てきたような感覚
この時の正直な感想は「くるんじゃなかった

」という思い。つまりは後悔。
その理由を知るものは極めて少ない。
あの時に荒れ狂った太平洋は、まるで何もなかったかのような凪を作っている。
花は忘れたけれど、手を合わせて祈りを捧げよう
自衛隊員は被災地で作業を行う際、必ず手を合わせてから仕事を始めるという。
この地に立てば自然に身体がそう反応する。
ただ、多くの観光客たちはどうしてだろう。恥ずかしいことではないのに。
かつて7万本もあったといわれる防潮のための松林は、1本を残してすべてが流れ去り、今では4万本程度の苗が植えられている。
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6年前はコンクリート打ちっぱなしのブロックだらけだった被災地も、高台に家が建ち、そして観光客を呼ぶための広大なショッピングストアが産まれようとしている。
震災遺構のシンボル・ユースホステルは11年前の3月、当時のまま。
そして、奇跡の一本杉
残念ながら本物は潮を被って枯れ木となってしまったけれど、ここにはいつまでも枯れないレプリカが、誇らしげに堂々と立ちはだかっている。
(つづく)

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