地獄に堕ちた勇者どもおもしろかった。サッチャーリズムより前だから戦後の福祉制度は機能しており、時計じかけにおいて、大臣がアレックスの口に食べ物を運んでいくのは、公僕である政府がアレックスとともに暴力という人間的本質を手を携えてゆりかごから墓場まで歩んでいこうというブラック・ジョークであろうが、本作において社会と個人はどんなもんかも少々気にしながらも観たけれど、見るだけでパワー吸い取られたので、感想はまた後日に。
山猫はアメリカではお客の反応はあまりよくはなく、後年になって名画と賞賛されたらしいけれど、こちらは公開したときからヨーロッパでもアメリカでも大ヒットだったらしいけれど、センセーション度はいやはやかなり違うわ。
この2年後にイギリスではオレンジとデヴィルスでしょ、で国内ではパゾリーニが出現してるでしょ、若人カルチャーに迎合してるわけではないだろうけれど、この頃は確か、フェリーニはサテリコンでしょ(アメリカでジャックスミスを観たらしいけれど、なるほど、サテリコンにその影響が垣間見られる)、アントニオーニは砂丘かそこらかな、でヴィスコンティは本作でしょ。のちにはそれぞれの持ち味に帰還するけれど(そうしたものも加味したうえで)、迎合はしてないけれど、後押しはされているようなセンス。それぐらい当時のカウンターパワーは、ヒッピーだけによるというわけでもなくフロイトがどうのこうのというだけでもなく、総体的にパンチがあったんだろうな。
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