9/10〜11、「国際芸術祭あいち2022」を観にいった。
都市部と郊外とでこの芸術祭は構成されており、9/10には名古屋中心部の愛知県美術館、翌日は常滑市の展開を観て回った。
愛知県美術館
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常滑
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それぞれの土地の特性や歴史と現代美術が巧みに、または自然に絡みあっていた。
9/27(火)、今度は名古屋市の南端に近い、緑区の有松を訪ねた。
浜松から豊橋迄はJR東海道線、豊橋から有松へは名鉄線で行ける。
東海道五十三次で言えば、39番目の池鯉鮒(ちりゅう/現 知立)宿と40番目の鳴海宿の間に位置する。
1608(慶長13)年、江戸幕府の東海道整備に伴い、尾張藩が入植者を募集。
しかし、この辺りは耕地が少なく、茶屋集落としての営みにも限界があり、村の収入源を考えあぐねていた。
知多郡から移住した8人の中に竹田庄九郎(*)という人物がいた。
1610年、名古屋城築城の際に、豊後(大分)から来た人達が着ていた絞り染めを参考に、庄九郎が出身地の知多木綿を使って考案したのが「有松絞り」のルーツである。これは東海道を通る旅人に人気が出た。
(*)有松の通りの裏手に竹田庄九郎の石碑がある。
右肩に「有松絞開祖」とある。
十返舎一九の『東海道中膝栗毛』で、弥次さんは絞りの素晴らしさに魅せられ、手拭いを買ったとある。(手拭いは着物に比べればまだしも安かったので。)
歌川広重は天保年間(1830-43)に保栄堂から出版した《東海道五拾参次》の中で《鳴海 名物有松絞》と題し、有松の街並みを描いた。
有松絞りは、明治維新後、東海道往来者の減により衰退した時期もあるが、新しい意匠や製法の開発によって再興、東海道沿いには問屋等が伝統的な日本家屋として今も立ち並び、「歴史的街並保存地区(伝統的建造物群保存地区)」とされている。
2019(令和元)年には「日本遺産」に認定された。
有松の街並みと旧東海道。
左の家(服部家住宅/井桁屋)の2階部分の両脇には「卯建(うだつ)」が上がっている。
卯建はこちらの写真の方が分かり易い。
その向こうには白い漆喰と「なまこ壁」の蔵が続く。
旧東海道は真っ直ぐでなく、ゆっくりとうねっている。
この東海道碑は恐らく明治期のもの。
お昼は東海道に面した「寿限無(じゅげむ)茶屋」なる手打ちうどんの店で、名物の「天ころ」を頂いた。この店も古い伝統家屋を使っている。
「天ころ」とは、海老と野菜の天麩羅、生卵の黄身を乗せたおろしうどん、と言えばいいだろうか?
太過ぎず硬過ぎず、つゆに混ぜた黄身がうまく麺に絡んで格別の美味しさだった。
有松の街並みの中で一番規模の大きいのが岡家住宅である。江戸時代末期頃の建造物で低い2階の縦格子が美しい。
2階は、江戸期、明治期、昭和前期と年代が下がるにつれて高くなっていった。
主屋には付け足した作業場があり、中庭奥には倉も2棟ある。
前掲の広重の浮世絵は間違いなくこの岡家を中心に描かれている。店には絞り染めによる着物や反物がたくさん吊り下げられているのが分かるだろう。
上の写真で、出入り口の軒先に何かカラフルな暖簾のようなものが下がっているが、これはミット・ジャイイン(1960- /タイ)の作品《ピープル・ウォール(人々の壁)2022》である。
色を塗ったキャンバスを細く裂き、軒先にリボン状に連ねるという手法によって作られており、有松の伝統的家屋や郵便局,銀行等8軒に設置されている。
権威主義や分断に抗い、人々を招き入れるという意匠がある由。
光や雨風の影響で色は少々落ちているようにも見える。
中に入ると、AKI・INOMATA(1983- /日本)の作品《彼女に布をわたしてみる》(2022)が薄暗い室内の作業場で目立つ。
4Kの精彩映像が、梁から吊り下げられた枠入りスクリーンに映されている。スチル写真のように見えるが動画である。
INOMATAはミノムシの生態を学び、有松絞の生地をミノムシ(「彼女」)に与えてみた。するとミノムシは、それを自然界の葉や枝と同じように使って自分の蓑(巣筒)をゆっくりゆっくりと作っていくのである。
それは実に美しい"仕事"だ。
ミノムシは羽化するとミノガになるのだが、その薄い翅の模様を、INOMATAは新たな絞り染め技法で作りだし、団扇にした。
自然界の生き物と人間との「共同制作」、そうINOMATAは称している。
東海道沿い、岡家から東へ少し戻った所に竹田家住宅がある。竹田庄九郎の旧宅で、庭には石碑があり、奥には14代将軍徳川家茂が訪れた茶室「栽松庵」もある。
主屋にある26畳の書院造の座敷には、「プリンツ・ゴーラム」の奇妙な映像作品《見られている》(2022)が映しだされている。
「プリンツ・ゴーラム」はウォルフガング・プリンツ(1969- /ドイツ )とミシェル・ゴーラム(1963- /レバノン)のコラボレーションネーム。
座敷の壁や欄間には、紙製手作りの仮面があちこちに掛けられている。
そしてその中に大型TVが設置され、2人の男が手描きの衝立の前で仮面を被ってパフォーマンスを演じているのが映しだされている。
仮面は古くから呪術的な性格を有し、人格を変容させる。
コロナ禍でマスクは防疫のために使用されているが、人を匿名化させる側面もある。
座敷でこの動画を観ている我々は、あちこちに掛けられた仮面に「見られている」事にもなる。
第2次大戦後に「豆絞り」を復刻した工房「張正」の倉庫には、イワニ・スケース(1973- /オーストラリア)の作品《オーフォード・ネス》(2022)がある。
涙型のガラス1,000個が天井から吊り下げられている。
スケースはオーストラリアの先住民族の血を引く。
彼の生まれたウーメラの600km西の地では、1952〜56年に英国が核実験を7回行った。
ガラス玉は先住民の主食ヤムイモの形をしている。
スケースはその被害(居住者の強制移住や環境汚染)の記憶を継承している。
忘れない事、継承する事の重要性は、有松の地でスケースによって再び噛み締められている。
他にも観たものはたくさんあるが、今日はここ迄にしておく。
帰りは有松から名鉄線で名古屋に出、ゲートタワー12階で夕食を食べて浜松に帰った。
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