アメリカンユートピアおもしろかった。ブラッククランズマンは羊たちの沈黙に似たステディショットあったけれど、やはりデミは同じNY派のインフルエンサーしとんさー、とか思ったわけだけれど、スパイクリーはオマージュとしてはやってなくても意識してやってるのではとなるわけだけれど、本作もストップメイキングセンスがあったからこそやったのかとか思っちゃうわけ。曲もかぶるの多いし。息の合ったプレイ、特にドラムを分解した様なパートたちとの掛け合い良い。分断のアメリカと言われ久しいが、ひっくり返った字のユートピアは皮肉的にそういった意味で最初に掲げられる。でもって、ストップメイキングセンスのデカいスーツのトンがった姿では気づかなかったけれどバーン、もう好好爺になりかけているから気付いたのだけれど、アメリカのオーディナリーマンのことをいつも歌っているのね、リベラル寄りのそのヒトだけれど。そうしたオーディナリーマンの夢や希望や欠点や悪夢を、思考のオノマトペで歌われ奏でられながら、意識下にあるユニティーへの当然の想いを陽気にあぶりだす。ラストのオーディエンスへの謝辞とメンバーが互いに礼するところ、その空間、その到達を賛辞する。スパイクリー、思えば彼は、ブラックアメリカンの意識の解放やリスペクトという以上に、ドゥザライトシングにしてもマルコムXにしてもゲットオンザバスにしても25時にしてもどれにしても、アメリカの分断を憂いている。バーンとリーはユニティへの当然の想いを現れるはずのユートピアに掲げる。バーンの場合はリーより楽観しているとおもえるけれど、今此処にあるけれど誰も気付いていないそれを表しているのだろう。
ログインしてコメントを確認・投稿する