クリスマスにはちょっとだけ早いけれど、ポーラー・エクスプレスを観る。おもしろかった。前に観たときの記憶ではつまらなかったものだから、期待薄の今回ゆえにおもしろかったのか、或いは、童心を取り戻したのか。サンタなんかに疑心暗鬼の男の子が童心を失くしているのか、サンタの鈴の音が聴こえなかったりするも、ゼメキスならではのアクション冒険譚をまじえながら少年は勇気と優しさを示し(アドベンチャーは彼のドジが引き起こすものだから、自業自得だと気持ちが同情せずなかなかキャラに同一化されなかったけれど、思えばゼメキスの主人公ってこうしたのが多いのかも、な、となる)、やがて童心を取り戻し、選ばれし者ともなる。サンタは彼を祝福する。ふ〜む、きな臭い、決して、いかなる教会の悪徳商法にも騙されないぞ、と強い意思をもって最後まで観るも、コロリと、なかなかいいじゃん、この映画、となってしまうのであった。選ばれし者はやはり御基督教の国、スピルバーグののび太もティムバートンの魔太郎も、目立たない主人公キャラに潜在する選ばれし者パワーをやがて自然発光させるわけだけれど、ゼメキスのはコミック的に言えばキャラはなんなのか、となるも、そうしたメインの人物はいたって我々にかなりに近いフツーなヒトのように思える。かつてゼメキスとクリスコロンバスを対にして観ていたとき、コロンバスが描く世界はいたってフツーだけれど登場人物のキャラがヘンテコなのが特徴で、そうした個性豊かな、というよりヘンな人物は、初期のベビーシッターアドベンチャーからミュージカルを映画化したレントまでも、その他もろもろそうで個性豊かな世界観がそれ故にもたらされ、ゼメキスの場合は、中心となる人物はいたってフツーによくいるタイプで、彼ないし彼女が遭遇する世界がどえりゃーヘンであるという印象なのだけれど、マイケルJフォックスが遭遇する現在過去未来や、ロジャー・ラビットの探偵が出会うアニメ世界や、永遠に美しく…のブルースが出会う妻たちがもたらすナイトメアなブルース世界や、フォレストガンプが出会う現実戯画化世界など、そうなのである。本作のモーションキャプチャー製作キャラもまた、ピクサーの個性的キャラと違っていたってフツーなのである。このごくフツーがゼメキスにとっては大事なアメリカン普遍性なのだろう。
ベオウルフ/呪われし勇者を観たとき、どういったオーディエンスを対象に製作しているのか、と思ったのだけれど、水辺の波が引くときに消えるキャラなどをはじめ、朝6時ぐらいからあってる幼児を対象としたアニメかのようなものであるも、表されるホラーはもっと自意識が芽生えたときに楽しめるもの、なにかゼメキスのイメージムーバー社はピクサー、ディズニー、ジブリみたいなはっきりではなく、観賞者対象がぼやける感覚であるが、2〜3才というぼやけた意識でありながらホラーが三度の飯よりも好き、というお年頃っていなくもないだろうけれど、なかなかいないのではと思うも、このジェネレーションは、虫を愉しみ、やがてそれが気持ち悪いとか怖いとかなるより以前の分け隔てなく関心を示し、愛す、そうしたお人柄なのかな、と思うも、思えば、本作の選ばれし者となる主人公が取り戻す”心”って、そうしたフェアもあるのかな、となる。童心は慈愛であり、信じること、愛すこと、導くこと、謙虚であること、フェアであること、そうなのかな、となる。
動きはなんだか、表情はピクサーの戯画風の方が感情移入しやすいし、また所作ゲシュタルトにおいては、ロトスコープの方が直接書き込みでもっとナチュラル映えに思え、キャプチャーは少々遠隔だからか、なにか堅いモーションに感じられる。また、リアルに近づけてるであろう顔なんかも、動作も交えもうほとんどマネキンのようで、それにも感情移入できない、となる。そしてクレーンショットやジェットコースター的アクションは、ゼメキスは実写的なものにこだわっているのかな、或いは映画の伝統にこだわってるのかな、実写映画に限ってみられるテクで、アニメならもっと自由に違うことやれると思うもそういうのがない。それでも、クリスマスにはちょっとだけ早いけれど、童心的慈愛に触れさせてくれるもの、楽しめるものある、ポーラー・エクスプレス。
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