ウォークマンによって精神的に内省となり、オタク・サブカルにより社会的にもオタクとなり、コロナにより身体的にもオタクにならざるえなくなり、そうした現代社会、かつて甘えの構造という本が売れたが、てっきり自立出来ない日本人の精神構造を言っている本かと思ったら、最近になってそうでもない別の意味があることを知ったけれど、最初に勘違いしていた甘えの構造でいえば、阪本順治テクストにおけるいくつかの作品で表される絆は西洋人に理解できるのかな、と、犬や猫は半年もしたら、それまで舐めながら可愛がっていた子息も戻ってきたらナワバリから出て行けと追いかけ回し追放するけど、西洋人もそれに近いと思えるので、どうなのかな、となる。青山真治がレイクサイドで描く自身を犠牲にしてまでお受験を崇高することも、サドバケで描いた親子関係も(これはヨーロッパ系が好きなギリシャ神話のインセストが入り理解されやすいのかも)西洋人にはどうなのかな、となる。もっとも、西洋に迎合する必要はないのであるが。
というのも、あまちゃんでキョンキョンが宮本信子が駅に来ていてくれたら、出て行かなかったかもしれない、と言っていたので、フとそれを思ったのである。家というのは、大島渚も描いていたように、ずっと日本人的精神構造なのだろうな。
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