燃ゆる女の肖像おもしろかった。コスチュームドラマで海を渡ってくるからか、なにかカンピオンしてる感じしたけれど、主人がいない館の始めの方、コッポラのドラキュラか或いは美女と野獣な感じでちょいと不気味だけれど(後のオルフェといきなり浮かぶエロイーズの幻影でやはりコクトーは入ってるな、となる)、後ろ姿を見せ登場のエロイーズは館の外に出る、そこが絵画は光を描く、そして映画(電子ではなくフィルム)もまた光を描くものとなにかいい感じ、でもって、モデルと画家の関係のとこ、裸にされ観察されるのは寧ろ画家の方、という、マリアンヌの視点で表されるのでその眼差し、なにかドキドキさせるものある。ヘインズのキャロル以降、堰を切ったように出てくる感じがしたけれど、あまり多くて逆にいいのかとなるも、ブロウバックマウンテンはもっと前で女性同士ではないものだけれど、観たのは最近で、その関係性がいまひとつ掴めず、いきなりのくんずほぐれつもよく分からず、アンモナイトの目覚めはこうしたものとは知らず観ていて、観ながらそんな感じもしてきたけれど、いきなりのくんずほぐれつは唐突すぎて仰天して、でも恋というのは互いにしか分からないものだろうな、となりつつも、なぜ不思議に感じたかはたぶん、ヘトロセクシャルのラブストーリーは、出会いがあって、なにかいいなーという瞬間が描かれ、そこからの距離感の表されだけれど、そんなのに慣れているからか、前述の2作品は確かに距離というものは描かれているのだろうけれど、掴みづらいうえいきなりのくんずほぐれつで違和感あったのかな。キャロルはルーニーマーラの愛くるしい恋心がまず描かれたので分かりやすく入っていけたのあるけど、燃ゆる女の肖像はそのプロセス自体が距離感の物語として表されているので、シンプルに吸い込まれてしまうものあった。ラストの長回しはなにかよく分からなかった(感情移入できなかった)けれど、分からないも含め、十人十色に感情が入るものでありいいのだろう。
ps
アデルもそうだけれど、この作品は吐息が表されるのが、なにかアメリカものと違うなとなる。
ログインしてコメントを確認・投稿する