ミルクおもしろかった。ヴァンサントで表されるもの、魂の旅や苛立つ若者と同じぐらい大きなファクターは弱者なんだな。、、弱者というよりマイノリティ、少数者か。だから弱き者ではなく強き者、アメリカンらしく、自身を誇れること、プライド。ということをミルク、そしてガスヴァンサイトのテクストを想起すると思わせられる。それがカラ元気であっても偽りであっても、そうであると信じ込むこと、信じること、それがヴァンサントのアメリカ映画にある。ドラッグストアカウボーイも常習者を悲観するではなく、マイノリティー化だけにするのでもなく、カウボーイに、アメリカンにリプレゼントしているのだろう。そうした普遍性は、ジョンセイルズのように政治性にもっていくのではなく、よりパーソナルなものに導き、それが魂の旅のなかで表されるのだろう。ミルクはホープへとつながるストラクチャーであるが、作品によっては悲劇的なものににも、また別の形にも成る。
この作品でのミルクはクローゼットをいつもオープンにしている。偽善者ではないようにしている。されど、偽善者ではないけれど、なにか別のマスクもしている。これも何か、ヴァンサイトのテクストの主人公たちにいつも表されているように思う。
ウディアレンのでもマスキュリンだったから、イーストウッドでもテレンスマリックのでもそうだから、ショーンペンはそうしたものに彼のメソッド引き寄せるのかな、と思っていたけれど、あれは演出上で、実はいろんなのができるんだな、と唸る。役者じゃのぉ〜。でもミルクも精神性的には、いつもの彼なのかも。ヴァンサントもこの作品では、そうした精神性を必要としたのだろう。
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