ナイト・オン・ザ・プラネットおもしろかった。オフビートという言葉は、コーエンズよりもティムバートンよりもジャームッシュに合っている。いっけん普通だけれどどこかズレている。どこにでもありそうでそこではないLA、NY、パリ、ローマそしてヘルシンキ。そこに生きながらそこではない異空間をあゆむ異邦人たち。さまよってはいない。あゆんでいる。あゆみよっている。ゴーストドッグはもろに悟りの物語であるが、思えば、ストレンジャーザンもこの作品で出会う人たちもその空間で、なにかを悟る。擬似母娘のような関係をタクシーで結ぶジーナとウィノナは、娘によって悟らされるもの表される。NYの凸凹コンビもまた互いにそうである。ゴーストドッグで悟りを得たバンコレもパリでは闇雲にトラブルまみれに迷走することをしかと知る。ローマのベニーニも悟りを説く。パードレはもーどれない快楽の場所へと昇天する。カウリスマキもオフビートだから親近感あるのか、ストレンジャーザンのパラダイスのようにホームが異空間ながら親しき場所であることをペロンパーに表してみせる。遠くにあるようで親しき地球が現れる。
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