髪結いの亭主おもしろかった。記憶に埋もれ増幅してしまっていたアンナガリエナのエロティシズム、今回はいたってフツーに眼に入り等身大感覚で観れる。かつては、愛されすぎてしまうから死ぬ、という印象でそれが記憶に残ってしまっていたけれど、とりあえずそれはエポケーする。少年が好きなポッチャリの女性ゆえなにかフェリーニを思い出し、でもその後の少年の彼女への想いは、ラウラアントネッチョリ主演のイタリアン艶笑青春ものに感じられ、観ながら、芸術と大衆的なものの中間のインプレッションが南フランスの縦からくる強い光のエキソティズムと混じり合う。イタリアン夢想というよりも、あの浜辺のブルドーザーに表されるような、経験主義的な合理性がルコンテにはある。男女の主人公には、床屋に訪れる人々の出来事にも表されるものと同じもの、愛が表され、そして孤独が表される。愛と孤独、それがエキソティズムと妖艶に混じり合う。
ps
途中から、フェリーニやラウラアントネッリものというより、あっ、これはタニザキだな、となる。
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