ミスエデュケーションおもしろかった。最近の潮流、クロエモレッツお前もか、と唖然となり、、喜び勇んでレンタルしてしまう。最近の潮流というよりは、この作品はリベラルからの社会考察的なものかもしれない。ネタバレになるからあまり詳しくはしないけれど、カッコーの巣の上でのようなものかと導入部あたりでは思えたし、カッコーのルイズフレッチャーのような存在も出てきたり(作品の中では、子供たちはキャリーの母親と揶揄しているけれど)するけれど、70年代よりもリベラルも複雑化しているからシンプルに、支配者と被支配者とか抑圧と反抗という図式で表されるわけでもない。主人公はまだ子供ゆえの、たよりなくokとかi dont knowとか言うのは、ジャックニコルソンのように自意識が固まっている大人ではないので、なにかリアルだし、ロッテントメイトー的にも賛同者が多いのはそこらへんに頷けるものを感じさせるところがあるのだろうではなかろうか。終盤の調査員か誰かにクロエが答えるところが、作品を通して感じていたことを言葉として出されハッキリとされ、そうだと納得できるものであった。シンプルな言葉なんだけれど。
監督がジェネレーションAからZの間のどこらへんか分からないけれど、ハリウッドルネサンスの頃の作品へのオマージュをずいぶんと表している。カッコーもだし、横を過ぎ去るバイクはイージーライダーしていて、そしてなによりラストの3人の表情は、卒業のバスの中でのホフマンとキャサリンロスの安堵と不安をまじわせるもの、確信犯的に取り入れている。
ps
フェリーニやブニュエルで表されていたキリスト教文化が刷り込まれての苦悩など最近のヨーロッパ映画にはあまり見られなく、知り合いのヨーロッパ人たちももうそんなのどうでもいい感じではあるから、そうなのかとなるも、むしろアメリカ映画でのそうした苦味はいまだに表され続けられているな、となる。
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