パンとバスと2度目のハツコイの2回目、おもしろかった。恋に恋するさびしんぼうなんだな、言わんとすること。
1回目の時。
パンとバスと2度目のハツコイおもしろかった。ほのぼの系の日常切り取り恋愛ものってウクレレがよく使われるようなイメージを、ウクレレの奏でが鳴るとき、統計学的にはどうか分からないけれど、思ってしまった。あのコインランドリー、あんなに孤独についての本だらけだったら、人によっては稼働している洗濯機の中に飛び込んで自殺未遂を起こしてしまうのではないだろうか。それにしても、姉妹役のふたりとてもよく似ている。白内障がすすんでいるのかな、でもそう思えてしまう。映画あるいは演劇的知識がない古代の人たちがテレビドラマで家族を観ても、ぜんぜん似てないから家族だと言われても納得しないだろうけれど、あのふたりだったら納得してしまうだろう、というぐらい似ている。
今泉作品これで3作品だけど、原作あるものもあるからたまたまかもしれないが、好きであることとはなにかがいつも描かれてるな、となる。普遍的だけど深いな、となる。フランス映画、例えばジェラールフィリップが出るような作品に表される情熱的な昇りつめる愛ってのではないけど、どれも好きであることナンジャラホイが一貫して表されてるな、と思って観ていたら、終盤あっ片想いがどれも描かれているのか、となる。どの作品も独立しているからそれぞれ別なんだけれど、ラストのヴォイスオーヴァーにあるものが、ネガティヴであってもポジティヴであっても、どれにも共通するのかなと少し思えるのであった。
こないだ考えたの。
今泉力哉:いつもの日常の中、夢焦がれる日がこないこと。夢焦がれるものは自ら求めるということ、清く正しい。 → 想像力
今回の2回目。
観ながら思ったのは前回の読み返すと基本変わらないな、時間があまり経ってないし。今泉力哉は爆乳が好きなんだな、、ごめんなさい、またもや取り返しのつかないお下品なこと言ってしまって。改めまして。今泉力哉はゴンチチが好きなんだろうな。ウクレレで奏でるようなゴンチチ的メロが彼の作品には合う。あのコインランドリー今回も気になってしまったが、なんであんなに孤独の本だらけなんだ。あれでは、普段は気がついていない孤独もあそこで自覚し、あそこで友達になった皆で樹海に巡礼に行くのではという不安が生まれてしまう。
恋に恋するさびしんぼうなんだな、しかし付き合っていても憧れを抱き続けられるような。石井裕也の町田くんも夜空はいつでもの石橋静河もトキメキがないから恋をすることが分からないのかなとまず思ったのだけれど、この作品の女性主人公もドパーミンがヴォルケイノーしなくなっちゃったから恋も分からず絵もやめたのかなとまず思ったけれど、そうであってもそうではなく、妹が彼女に気づくこと、男性主人公がこの青いいね、寂しいね、と言ったこと、彼女が序盤で見せラストシーンでも表す好きな景色が全体をつなげるものかな、となる。今回の方が、2回目だからより気づいたからかな、なんかよかった。
ログインしてコメントを確認・投稿する