誰もがそれを知っている、おもしろかった。タイトルにある”それ”、英語のタイトルにはないけれどスペイン語の原題にはあるようであるが、誰もがなにを知っているのだろうか? 教会の鐘がある部屋に書かれている頭文字か、犯人のことか、それとも西班牙やイーユーの在り方、地中海を巡る国々の在り方、エトセトラ、それら総てのことなのか。表象的にも人物たちの感情的にも、制圧されてきているエモーションの憤りが表されているかのよう。それは地主である者でも同じであり、資本主義社会うずまく世界で人々は抑圧のもと日々を生きている。ファルハーディーは別離だけしかまだ観れてないけれど、社会的矛盾のなかでの不条理が描かれていたように記憶する。女性が失踪する作品もあると思うけれど、なんだかベケット的な不条理劇なのかなと思ったけれど、誰もがそれを知っているもそんな感じで、具体的に犯人は分からずハネケの隠された記憶のように矛盾を孕む社会の在り方が露呈されるだけの提示で終わるのかと思ったけれど、劇映画的に、犯人も分かる帰着点で今はあまりムズかしい作品は観たくないのでそれはそれでよかった。そこへ辿り着くまでのサスペンションするサスペンスなセンスもあり、ハラハラと娯楽的にも見入られる。映像的にも、おもしろかった。前半の方の楽しい雰囲気の頃の表情の切り取り、ファルハーディーは上手いなと思った。途中から、ソープオペラみたいなセリフだてでひいてしまったけれど、そこから、かなりナラティヴ的なドラマチックなものに転じながらも、仰々しさにしないのはやはり上手さがあるのだろうな。
PS
神のご加護をという言葉に人々がウンザリするところ表されているけれど、共産主義に飽きている中国人(でも、習近平がこれからは再教育していく模様である)と同じように、ヨーロッパ人の多くがキリ教にもはやウンザリ気味なのかな。スペインですらそうなのであるから、他の国々はもっとそうなのではと思える。フェリーニとブニュエルも、今日だったら、彼らの考える問題提起は作品に出さなかったのであろうかな。そんなに縛られている感をもたないであろうから。やはり時間が風化を生むんだな、再教育を強制的に行おうとしないかぎりにおいて。
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