愛しのローズマリーおもしろかった。ファレリー兄弟のはほとんど観てるが、これは二元論における唯物論派の僕としては諭しを受けるかのようで観ることなかった。心が洗われた。ジャックブラックが火傷の少女と向かい合うときの表情とても素敵であった。作品に感動した。とは言え、顔か心かとなれど、最初は姿に惹かれ、物か精神かのどちらかではなく総体的なものへの解釈であろうし、すべては分からなくても雰囲気にも似た何かにアトラクトされるはずであるし、また、主観によって美はそれぞれ違うわけであるから、ここに表される主人公の視点は、最初は催眠術的な惑わされであっても、それも含め最終的の本当の姿を愛するのは誰しもそこに惹かれるホントであろうでは、となる。この作品においては、やはりアメリカン的なステイタスが関わってくるものがある。連れて歩くのにふさわしいとか、目はどの女優で口はどのモデルでスタイルは誰々という好みという、既成概念によって育まれる美の形が表される。そこもメッセとしてあるのであろう。それなら男性諸君、サージェリーに行って唇は石原さとみにして目は北川景子にして、そうして施した全体像を鏡で眺めておくことがよかろうぞ・心も良くも悪くも貴方が知ってる唯一の唯心である。
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