なるほど、こういう本があるのか。脱構築とプラグマティズムが似ているとは気が付かなかったが、脱構築とアメリカのデモクラシーは常に実験中的に近似値にあるなと感じていた。日本だったら、判例ができるとそれに凝り固まって融通もなにもなくなっちゃうけど、暴動を避けるためだと思われるOJシンプソン事件判決、あのときは、あっアメリカっていまだデモクラシーの実験国家なんだと思ったこと、ずっと記憶しているけど、ブッシュやトランプなんかを国家元首に輩出しちゃう、エクスペリメンタルな社会体制がサチか不幸か、おもしろいのである。
こないだあった「幻想の70s」で、アメリカ人はみな自分のことを反逆者だと思っている、だからスターウォーズで対峙するのが「帝国」というのは欲望にそっている、しかし、レーガンなんかは何に反逆していたのか、というようなことを言っていたが、ローティー的にみれば、反逆者ではなくアイロニストなんだろうな。フィリップロスしかりアップダイクしかり、なるほど、アメリカの文学にも、スコセッシやウディ・アレンもしかり、アメリカ映画にも、そしてイージーライダーのキャプテン・アメリカにもそれは有る。
なるほど、フロンティアがプラグマティズムを育んだというのは眉唾らしいが、ジョンフォードも言うように、伝説は偽りもなるものであるから、映画というイメージ、大衆が共有するイストワールに依拠してリアルしちまうので、アンガーもタランティーノもリンチも正しいのだろう。鼻からハルサメ!
むしろエマソンとかからの影響なのだろうか。。
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