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2021年08月11日12:46

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アメリカンドリームその67


 フロンティアが夢を生む.。プラグマティズムとトランセンデンタリズムはフロンティア志向/思考の過程で生まれ定着したものであろう。ファストフード的に自由の能動を実践のなかで思考する実用論、そしてネイチャーと共存し、そして克服するための超越思考。ふたつは開拓史においてハイブリッドに折衷される。デリダが唱える前からアメリカには、差延による意識の現前が存在する。常にデモクラシーを実験中。
 タランティーノはデパートやコンビニの陳列された商品のような、ステイタスや(偽)善を刺激する傾向をしめす。受容としては、渋谷系の受容と同じように趣味人が増え、ハイブリッドの嗜好に沿ったものが歓迎されるのか。虚実皮膜なアメリカンドリーム。
 なにをもって夢か。開拓により町ができ人が増え産業が生まれる。インフラも生まれる。街ができる。都市が生まれる。都市社会には、その外側にも、内側にも周縁が生まれる。孤独が生まれる。

 工場が生まれる。工場が廃れる。工場跡が生まれる。リンチは喜ぶ。

 資本主義という理念は、ベルリンの壁の崩壊と天安門事件の89年にさらに加速する。思想的イデオロギーという枷がなくなり、グローバリゼーションというフロンティア(アメリカは後景化するがアメリカ化は前景化する)と西洋合理性への自省によってもたらせられる差異への志向 → いつのまにか歪んだ形(ナイトメア)として、ハイブリッドをもたらしたのか。
 ヒッチコックの裏窓はコートヤードを風通しスムージーにすれど、エアコンディショナーは窓を閉め切りレジデンツは愛をすれ違いアイソレーション。ウォークマンはウッドストックからもリヴィングルームからも遠ざけマンをイントロヴァージョン。インターネット、ヒトのコミュニケーションを回復、旅するのもディスプレイでいろんな場所へと自由に飛び回れる。身体性の欠如のコミュニケーション、頭んなかキリキリ舞。ヴァルキリー、遠隔操作でマンをキル。みんな独り歩き。プシュケーのひとり歩き。リンチにひとり歩き。
 キャピタリズムの拡がりとともに、自省による差異の受け入れ。しかしながら自責ばかりがアメリカンではない。タランティーノはホークスばりに強いアメリカを取り戻す。話し合いばかりがデモクラシーじゃないぞ、ジンネマン。お前くらすぞ、と博多弁。ロッキーばりに強いアメリカをリカヴァリー。しかしながらそれは、戯画調に、アヴェンジャーズと同じようなモニュメントヴァレー。ヒストリはひん曲げられる。
 痕跡はその原型を表しはしない。ただ推測させるのみ。アメリカは後退し、倫理も後退されている。新しいパノラマが求められる。夢の方が意識と無意識にしろ正夢と悪夢にしろ、見手それぞれの合理性に基づかれたものであろうが、現実はそうはいかない。だから夢が必要となる。理想ではない。理念はいらない。                   

                        アメリカは夢を見る。

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