最近は朝昼晩マクドナルドで食し一日中ディズニー・チャンネルにくぎ付けとなる毎日である(フィクションです)。オリンピック開会式の東京の夜景なんか観ると、東京を筆頭に福岡も大阪も名古屋も、行ったことない札幌もどこもかしこも、エルエーのような巨大ホログラムなんだなとも思えてくるけど、梵我一如、内側もミクロなホログラムにしなきゃ、となる。たかが映画されど映画で劇映画、筋の進行とともに登場人物に心情を同一化し、オーディエンスは普段もつであるはずの人間的感情をそこにホログラム的に写し出す。『ジャンゴ 繋がれざる者』と『ストレイト・ストーリー』どちらの作品も夫婦愛や父娘愛といったファミリーもの的な愛が表され、ノワールでないがゆえパルプから遠く離れファムファタールなKissKissもディテクティヴなBangBangもない。しかしながら不思議なことに、ヴァイオレンスとエロスによる官能はある。タランティーノの血しぶきとリンチのファイヤーがオーディエンスの感情を朱色に染めてしまうのだ。不安から生まれる官能、怒りから派生する官能、悲しみとあいまる官能。甘美とは裏腹なものが絡み合うかのように見えながらも、そこににんげん的本質が潜んでいるのではなかろうか。カタルシスとは本来において、そうしたものではかなろうか。イメージが主張するこの時代において、ロゴスに代わりイメージが社会を想像する。世の中オールモストにフィクションである。
☆ジャンゴ 繋がれざる者
*ジャンゴを開放する。
・奴隷制度へのシュルツの反感。
・抑圧と辱めからの解放。
*ある町で保安官になってる犯罪者を射殺。
・バウンティハンターとはなにかの紹介。
*三兄弟を捕まえにビッグ・ダディの農園へ。
・プラスティックな風情の屋敷。これとまったく同じような外観がキャンディの屋敷にも表される。
*ジャンゴの記憶のなか鞭打たれるブルームヒルダ。
・白人は絆を引き裂く。
*KKKの大攻撃
・グリフィスではブラック・アメリカンが阿保として揶揄されていたが、こちらでは南部白人支配層がそう揶揄される。しかし、馬の進撃のシーンにおいてはグリフィスへの尊敬の念が表されるかのような迫力を演出する。
*ジークフリート
・オマージュではないにしても、この引用によりラングへの言及はなされているであろう。
*冬の間、犯罪者をバウンティハント。腕を磨くジャンゴ。
・主人公の成長。
・エンド・クレディットの後に出てくるジャンゴの腕前ゆえ、その天才はジークフリートに元から備わったものとして表される。
・アメリカ映画において、信頼される人物になることが必須である。
*遠く離れた下方、農作業をする犯罪者の父とまだ幼い息子を狙うジャンゴとシュルツ。
・アンチ・ハリウッド的ながら、エクスプロイテーション映画的表現か。
・犯罪者に対して非情になる心構えを伝授する。
*ブルームヒルダを助けにキャンディの農園へ。マンディンゴ・ファイティングを見る。
・偽りの交渉。
・常に表されるブラック・アメリカンに対する凌辱。
・同族同士に殺し合いをさせる白人たち。
・キャンディはフランス語を話せないのにムッシュと呼ばれることを求める。←表面だけを追い求めるスーパーフィシアルなキャンディ。
*シュルツは買い手として、そしてジャンゴはマンディンゴ・ファイティングの利き手として潜入する。
・ジャンゴはブラック・アメリカンにもクールかつ非情に接する。しかし合間合間に、内面の葛藤は表現される。
*逃亡したファイターのダルタルニャンを犬の餌に。
・無慈悲な白人キャンディにとってブラック・アメリカンはモノでしかない。
*灼熱地獄に入れられたブルームヒルダ。
・キャンディの屋敷は甘いだけのプラスティックな楽園のように表される。そしてそこには、暴力が潜んでいる。
*ジャンゴ、ブルームヒルダと再会する。
・永遠の愛の確認。
*ディナーでの交渉。
・
*スティーヴンに正体ばれる。
・全能のスティーヴンはキャンディ家を牛耳っている。タランティーノには物事を俯瞰して見ることができる人物が表される。彼は経験値で出来事の前後関係からなにが起こっているかを推測できる。或いは、全ての出来事を見て聞き知っている。レズボアドッグスのジョー・キャボットやキルビルのビル、ヘイトフルエイトのジョディなどである。それはパルプフィクションのジュールスやジャッキーブラウンの捜査官レイにもあてはまる。
*ブルームヒルダが1万2千ドルで売り渡される。
・人間の売り買いという非道。
*南部伝統の握手を拒みシュルツはキャンディを撃つ。ダルタルニャンの死のフラッシュ・バック。
・シュルツは伝統などないスーパーフィシアルさと、人間性からかけ離れた暴力性に怒りをおぼえる。← イングロリアスバスターズでは暴力の伝統がもつスノッブを体現していたヴァルツであるが、この作品ではヨーロッパ人から見るアメリカン・ヴァイオレンスへの嫌悪を体現している。
*銃撃戦
・血潮の官能!
*ブルームヒルダは捕まえられ、ジャンゴは降参。
・白人化してしまっているスティヴソン。
*ぶら下げられている猿轡のジャンゴ。
・パルプフィクションでもそうだが、マチョイズムが裸にされ鞭打たれヘクターのようなボンデージされる辱めに対する屈辱。
*鉱山に運ばれるジャンゴ。
・生き地獄へ。
*鉱山関係者を騙す。そして殺す。
・もはやバウンティハンターの領域を越え、復讐の鬼と化したジャンゴ。
*ダルタルニャンの仇を打つ。
・シュルツが憑依したようにジャンゴは復讐を果たす。
*キャンディ残党をやっつける。キャンディ家をダイナマイトで爆発させる。
・甘ったるいだけのスーパーフィシアルな残酷空間を爆破する。
☆ストレイト・ストーリー
*暗い場所へのゆっくりとしたトラックイン、リンチらしく不安を煽るいつものやつ。アルヴィンの家の窓へのトラックイン。
・ホームの揺らぎ。
*バーから出てアルヴィンを探しに行く仲間。
・町のコミュニティ。
*医者へ。
・老いのイシュー。
*雷雨を見るアルヴィンとローズ。電話による知らせ。
・老いとホームの揺らぎ。
*旅に出るための、ローズによるソーセージ買い、そしてアルヴィンによる用品買い。
・金物屋での老人たちの集いなど町のコミュニティの暖かな雰囲気を垣間見せる。
*穀物倉庫のアルヴィンとローズ。ゴーという音。収穫の9月。
・リンチ好きの工場跡なセンス。
・収穫の生の季節。
*旅に出るが、友人のグロコまでもつまいとの予測通りにグロコで芝刈りトラクターは動かなくなる。アメリカン・バスに乘ってグロコまで。そして、ピックアップされ芝刈りトラクターとともにアイオワ州ローレンスへ戻る。
・
*古い芝刈りトラクターをライフルで撃つ。
・ファイヤー。
*新しい芝刈りトラクターを友人トムから購入。
・町の人同士の信頼感
・トムのアルヴィンに対する尊敬の念が表され、アルヴィンの人格を垣間見せる。
*再び旅に出る。
・諦めずにチャレンジ。
*家出娘と夜を過ごす。
・家族の絆の大切さを説く。
*雨宿り
・
*RAGBRAI(the Register's Annual Great Bicycle Ride Across Iowa)と出会う。
・若さの疾走。
*サイクリストたちとキャンプ場。
・老いの悩みと、いつまでも若い時の自分を覚えている辛さ。
*トラックがたくさんの車道。
・眩暈するようなラッシュ。
*鹿と衝突したクルマの女性。
・偶然と不条理。
*鹿肉を焼くアルヴィン。
・スーパーナチュラルな雰囲気のなかでのユーモア。
*消防隊の訓練と燃える家。坂道でトラブるアルヴィン。ダニー家が彼を助ける。
・ファイヤーはリンチでは不吉なものとして表される。
*ローズに電話をし年金小切手を送るように言う。ローズの声に安堵の表情。借りた電話と数ドル紙幣。
・隣人との信頼と、親子の安堵する愛情と、アルヴィンの頑固だが律儀な性格。
*ダニーがマウントザイオンにクルマで送るというが、アルヴィンは彼自身の力で向かいたいと言う。
・意固地であるがアメリカンな性格。
*ヴァ―リンに誘われバーへ。アルヴィンはミルクを飲む。戦争のときの話をお互い喋る。スナイパーだったアルヴィンは間違って仲間を殺したことを言う。
・
*アルヴィンは修理工の双子に丁寧に言いながら修理代を値切る。
・経験と智恵と寛容。
*夜、ダニーに別れとお礼の挨拶。朝早く旅立つ。ダニーは旅立つアルヴィンを窓越し、見送る。
・
*ミシシッピー河を渡る。
・不安な雰囲気。
*教会の敷地でキャンプ。牧師と喋る。牧師は兄のライルが脳卒中で病院に運ばれたときに会ったことを告げる。短期とうぬぼれがもたらした兄弟喧嘩の話。カインとアベルの話。
・懺悔的告白。
*アルヴィンはバーに立ち寄り、一杯だけビールをたのむ。
・旅の成就の安堵からか達成感的祝福。
*ライルの家への道で芝刈りトラクターがまた止まる。長い時間が過ぎる。大型トラクターがやって来て、ついてくるように告げる。
・
*ライルの家へ。出てくるライル。ライルはあのトラクターで来たのか、と言う。空へティルトアップ。夜空の星々。
・永遠性と、リンチらしいスーパーナチュラル。
PS
ウィキを見てのジャンゴにおけるスパイクリーの批判、納得する。ブラックライヴスマターに一石を投じてるのも感じるが、タランティーノ自身は奴隷制に関する問題を思ってのものであろうし、ブラックライヴスマターの引き金になった事件はこの作品と同じ年に起こってるから、逆にコンサバホワイトにとってこの作品が引き金の一つになったのではとも危惧されてくる。ルイスファラカーンの人種戦争の前触れ的な発言も今ではリアルにも感じられてくる。ロドニーキング事件もあり、そのことはおおやけにされず潜在してずっとあったのだけれど、タランティーノも真摯に考えなにげなしに彼の得意とするところの戯画的表現でやったのだろうけれど、そこんとこスピルバーグのシンドラーのリストへの批判と重なるとこも感じてしまう。
アルヴィンストレイトを演じたファーンズワース、スタントマンから始まり、ジョンフォードのみならず、フォードより前のグリフィスの作品にも出たということ、もうホントにハリウッドでずっと生きてきたんだな、と感銘する。ハリウッドでの生活ってどんなものなのだろう、とティムバートンのエドウッドの生活、あれいいなと思ってしまう。ファーンズワースの死は壮絶なものだったのか、とご冥福を祈る。BTW, キルビルのキャラダインの死もあれが他殺ではないものであったら壮絶、、というか凄いな。死と隣接するぐらいのエクスタシー求めるヒトいるけど、本望なんだろう。でも他殺だったら本人は可哀想である。
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