観なきゃと羊たちの沈黙とブレードランナーをレンタル。観なきゃと思ったのは、最近のフィルムノワール嗜好からだろうと思ったが、サイレンスオブラムスを観ながら思い出す。ツインピークスやパルプフィクションの頃に羊たちも公開されたから気になってである。だからといって、これらに湾岸戦争の不安が色濃く出ている時代傾向にあるとは思うわけではない。こういった作品ばかりの時代傾向でもないからである。ところで、ブレードランナーはもう観なくていいかな、となるも、どちらの作品にも羊の夢が出てくるのは何故かと気になる。
『羊たちの沈黙』(91)
*コレクション:オフィスの証拠写真群。ヘクターの倉庫の物々。バッファロービルの地下室。異常者だけにコレクターが表されるのではない。クラリスを視姦するかのように見る男性警官たち、そこにもまたそれは表される。女性を蔑む男性たちの卑しき眼差しが表される。
*倒錯性と残酷性。
*思弁的なデカダンス。
*趣味世界。嗜好。
*「さかしま」のデ・ゼッサントのように築き上げる美と頽廃の小宇宙。
*コレクターとなった”小さな物語”の住人たち、現代人を批判する。とまではないにしても、コンテンポラリーピーポーを予告するかのようである。さかしまにアゲインスト・ネイチャーというよりも、本質そのものをえぐり露わとさせるかのような描写が表される。
*羊たちの沈黙という安らぎを求めるのかクラリス、しかし、沈黙自体がそのサウンド、不気味に響く。
*平和を願う女性性が表されながらも、メンターであるヘクターに憑依するかのような孤独感も表されるラスト、道を歩いていくヘクターに導かれるように。
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