時代のイデオロギーによって観念が変わる。いわば、時代によってココロは変わる。時代精神、すなわちツァイトガイストとはそういったものであろう。時代によってコロコロ変わる。と同時に、記憶の時間的持続としてイストワールされる。時代精神は歴史の理性的な行程である。
とも限らないであろう。コロコロ変わり続けるライクあローリングストーンなスピリットなのであろうから。オリンピックはヒストリーの理性的行程のひとつのイヴェント。捏造、、もとい想像されるボディは、コロナ禍において問い直され遮断され、新たな想像が促される。観念がモノである身体にも作用される。
と考えたら、今度のオリンピックはビックリコックリ、アート驚く為五郎になるのかもしれない。♫ちゃらら〜ん、鼻からギューニュ〜♫ 開かれるということ自体がもはやイヴェントになっている。
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