青春は或る意味、幻想である。現在進行形のティーンにおいて、悪ガキの指南となるもの。また、過ぎ去るリアルのなか記憶がフェイドアウトしつつも知覚として残存し、それゆえのノスタルジックであり、想像のなかでまた組み立てられる。冤罪進行形として不在の現前する。それは現在進行形の痛みを、というよりタブーを伴うもの。それはKissKissBangBangとはまた別に、リンチやタランティーノに有るものにも思える。青臭さとか少年ぽさとかではなく、屈折している、というより寧ろ素直であるものであり、タランティーノにおいては青春映画といえるデスプルーフやワンスアポンタイムのみならず、全作品にそれはあり、リンチもまたそうである。メモリアルからの間隔化において、至高性の感覚化が拡張される。♫ちゃらら〜ん、鼻からギューニュ〜♫
ログインしてコメントを確認・投稿する