最近は観てすぐ書くのに戻ってきてるが、リンチとタランティーノゆえ、コリンノエカラックス或いはイマヘイワカマツシンドウの身体性、ボディを基軸にした方が作品的にも、研究的にもいいかなと、やはりリンチとタランティーノもコラージュ的に今回は考えてるから軽くみている感覚はあるが、「アメリカ」というシニフィアンを纏うイマージュ(ベルクソン的なそれ)で言えば、オントロジーやエピステモロジーよりも先立つものとして、やはりボディと関係あるのかな、とも思ってしまう。
思えば、リンチとタランティーノの共通点として、というか、ふたりがよく描くものとして、ダンスがあるよね。なんでだろうか。記憶に残るシーンとしてのダンス、或いは彼らが生きてきた生活世界のなかに、その印象が強いってのはあるのだろうけれど、ダンスはけっこうあるな。
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