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2021年06月06日12:05

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リリイとヒミズ


『リリイ・シュシュのすべて』
 *劇画タッチのヒミズに比すれば、リア充してしまったネットネイティヴ14歳のリアルなのかな。緑も鉄塔も同じ感覚にそこにはある。家族離散、沖縄での充実と生と死、いじめ、援交、レイプ、合唱コンクール、学園生活という日常あっても、企みあるゲーム世界の住人としてネイティヴにプリミティフする。そこから出れない。退行は内省するなか、内響するポリフォニーとしてネットのなかでリリイは心の友となり、そこから出ない。少年はドビュッシーに寄り添う。リサーチを徹底的に行い、書き込みネットノベルも出し、そしてそれを寓話のフォルムにおさめる。ファンタジーではない。セカイはそうしたカタチであることを語ってきかせる、それが寓話なのである。
 *少女漫画の型を受け継ぐように、市原隼人が伊藤歩を好きで、その市原を蒼井優が好きと、なにかに書いてあったが、そうは見えなかったな。蒼井は市原に対して同情意識か同族意識的なもので、憐れむ自意識が彼に志向するまでないにしてもそれに近い感覚。或いは、無意識の企むゲーム世界における共犯感覚。また市原と伊藤に関して、男子はみんな伊藤を好きになることを通るというセリフがあったが、それだけで市原が伊藤を好きだという設定は成り立たないだろう。しかし、意思の強い伊藤を憧れる市原という感覚では、コンサートのシークエンスの市原の視線で感じられはする。ラストのショット、市原がピアノ弾く伊藤の後ろに立つ姿も、あまり救済に感じられなかった。だから、救済という概念など持ち込まず、ただその姿を観ろとだけ言ってるのかもしれない。

『ヒミズ』
 *前回はあまりなにを考えているのか分からない二階堂に得体の知れなさを感じたけれど、今回は染谷にとにかくしがみつけ喰いつけという演出がされているかのように感じ彼女が体現する茶沢にも彼女自身にも愛おしさを感じてしまう。終盤のボートハウスでの、フランス映画風な音楽があるなかキスをする寸前のふたりの顔のクロースショットの切り替わり、なんかグッとくる。
 *キンキキッズのフラワーやスマップのセロリに表される夢を嘘っぱちとまでは言わないが、染谷や二階堂のアンチテーゼはまるっきり園的発言的に適格だなとはなる。も、偽善とまでは責めてないだろう。同じような愛と勇気の歌をストリート・パフォーマンスする西島隆弘を救う(結果的にであるが)染谷には、親から与えられなかった人情愛を近所のおっさんたちから愛され叱られ、今や巷では無くなってしまったカタチのものが与えられる。たぶんこのことが、この作品で一番に園が表したいことではなかろうか、だからこそ、街の風景が消えた福島が辛く訴えてくるのである。

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