『ロルナの祈り』
観ながら被写体を追うカメラアイにロゼッタを思い出しながら、これもあれかなと思ってくる。慈愛の発見である。ロゼッタの場合、心に壁をつくっている少女がやがて慈愛を自身に育ませるものだったと記憶するけれど、ロルナはキャラ自体が違うけれど、そうなのかなと先読みしながら観てしまう。ダルデンヌ兄弟のドキュメンタリー的なドラマゆえ、物語映画の筋のストラクチャーに前提とされる人物たちの関係性の説明がまずされることはない。我々はその世界に投げ込まれる。けっこうハードボイルドである。だからこそ愛が際立って感じられてくるのだろう。ジェレミーレニエ、貫禄のある二重螺旋の恋人の頃よりもかなり若く、クリミナルラヴァーズの少年よりは成長している。あとで調べると、ちょうど真ん中の時期のようである。彼はけっこうダルデンヌ作品に出てるんだね。まさに演出的だけれど、ロルナの名を頻繁に言う彼に、ママ―、ママ―という子供の像が重ねられたり、トランプや祝いを一緒にやりたがったりロルナの仕事場に彼女にただ会いたいだけで訪れる彼にも、母性をくすぐらせるもの表されたり、それらがオーディエンスの気持ちをムーヴさせるだろう。特典のインタビューで、夜間撮影をライト炊きたくない等の理由で35mmのカメラを使用したと言っていたが、それゆえ、ハンドヘルド的にするでなく、どっしりと置いて被写体である主人公とは距離をおいて彼女を捉えるセンス、執拗に追われその表情で変化をもたらすロゼッタと違って、ロルナと人物事物の相関関係、その世界のストラクチャーで表すところある。脚本が受賞したようであるが、なるほどなとなる。人物の変化がロゼッタなら、人物のその世界での変化がこの作品にはより出ているような気がする。フランス語の響きは分からないが、ロルナ演じた女優が素敵なセリフの集まりと言っていた。だらだらした会話もなくセリフも少なめで適格なとこに置かれる感じで、ちょっとブレッソン・タッチなとこあって、それはまた原題のサイレンスを輪郭化させるのにも繋がる。
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