黄色い大地おもしろかった。エスノグラフィにいざなわれエキゾティズムにひたる。リュミエール以来の映像の本質的なるもの。チャンイーモウの赤の入れ方やオリエンタリズム構築造形はそれを捕捉するものでしかない(でも大きく貢献している)。奥行きというよりはフラットをより感じさせるグリッド、それが気持よい。黄色い大地、国民党批判はされども共産党批判はさにあらず。習さんは先日、中国にはもはや貧しさはない宣言をしたけれど、もしそうなのなら、この作品で敵だとされる貧しさ問題はひとまず解決したのであろう。しかしながら、作品に表される貧しさに在る澄んだものは、歌を生み出す原動力でもあり、否定されるものではない。南には南の掟があり、百姓には百姓の掟があり、そしてそれと同じように、自然には自然の掟がある。少年は保守的呪術の流れに抗い八路軍の幻影を追うが、未来の理想への期待、進歩的なる共産党へのリスペクトそれらよりも、河を渡る少女に表される人間のネイチャーが大地に溶け込んでいる。進歩を賛歌するようにみせて、自然を尊んでいる。歌はやはり美しい。
江守徹と鹿賀丈史と長谷川博己を足して3で割ったような顔立ちの歌を収集にやってきた兵隊さんも福原愛とアンパンマンを合わせたような可愛らしい少女も印象的だったけれど、お父さん役と少年役のキャストはなにか深さをもたらしている。
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