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2021年02月08日17:26

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『ブライト・スター いちばん美しい恋の詩』『ジンジャーの朝 〜さよなら、わたしが愛した世界』


『ブライト・スター いちばん美しい恋の詩』『ジンジャーの朝 〜さよなら、わたしが愛した世界』
物語的に、悲恋メロドラマだな、と目新しさを感じさせず、あらすじ的にも先行きの見えるセンス(だけれど、絵的にはカンピオンらしさが溢れている。)のブライト・スターだったけれど、あらすじ的に終着が見えないポッターのジンジャーの朝まで観ると、なるほど、風と共に去りぬやタワーリングインフェルノのみならず、彼女たちの作品、すなわちピアノレッスンやホーリースモークやオルランドやタンゴレッスンに比しても、ドラマティックなものがなんら表されずとも、劇的激情性なくとも微妙な感情の変化が表されること、映画ではある意味、大事なことなんだなと再認識させられる。映画はセンシビリティを捉える/表現する/醸し出すには、言葉にとらわれずとともにスピリチュアリティを身体にストレートに素直に表出するミラクルなのである。

ピアノレッスンよりも前の作品においても、ある貴婦人においてもホーリースモークにおいても、エクスペリメンタルな気風を捧げていたカンピオンの気品であるが、この作品ではピアノレッスンの興行的成功の夢よ、もう一度的な風情がして、冒頭の針を通す布のクロースショットにしても、空間のサウンドにしても、男二人と女一人のそれぞれの感情がもつれ合う三角関係めいたものにしても、コスチューム・ドラマ仕立てにしても、(ピアノレッスンは母であったが)姉を探す少女の視点にしても、であるが、特に空間のサウンド(ミュージックではない。サウンドである。ところで音楽に関して、この作品ではザ・ピアノのようにナイマンな音楽がやたらありまくることはなく、音楽は限定して鳴らされる)など、どれもカンピオンの特色なんだと素直に受け入れれば、主人公ふたりの繊細なエモーションと連動する所作、感情表現はとても素敵なものとして感じられてくる。

オルランドやタンゴレッスンと同じようにジンジャーの朝は、観念がいざなうようなどこへ向かうか分からない運命の旅の様相を表している。さすが西洋、親も好き勝手やってあんたはあんた、わたしはわたし的に、インディペンデンスなんだなと思ったら、さにあらす、子供の心はズタボロ。エルファニングの皮膚に顕れるものにそのこと語らしおん。もう大人だ、しかし心は幼いんだ。統括して見ると、こちらも筋的にはそのストラクチャー、若人の通過儀礼ものであり、目新しさはないけれど、キリスト教的なものだろう”許す”ということで、このミゼラブルな世界も許容できること、或いは元から内在する彼女のジェントルネスを表すことは、なにか、なるほどと、この作品に新鮮な魅力を感じさせてくれる。夢はすてたものではない。


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