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2021年01月09日11:00

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「舟越桂 私の中にある泉」展 / 松濤美術館

(続き)

文京区の弥生美術館で「奇想の国の麗人たち〜絵で見る日本のあやしい話」展を観たあと、地下鉄を千代田線〜半蔵門線と乗り継いで渋谷へ出た。
13:30少し前、東急デパートの向いのフレンチ ブラッスリー「VIRON」で昼食。

その後、東急前を抜け、松涛文化村ストリートの坂を上がって渋谷区立松濤美術館へ。
ここで今やっているのは、「舟越桂 私の中の泉」展である。
・会期 2020年12/5〜2021年1/31

舟越桂(1951- )の個展は過去に規模の大きなものを2度観ている。単体出展の作品鑑賞は他に数多い。

・2008年7月/東京都庭園美術館「舟越桂 夏の邸宅」展
 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=885707616&owner_id=3341406
・20012年10月/メナード美術館(愛知県小牧市)「舟越桂2012 永遠をみるひと」展
 https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1875572150&owner_id=3341406

2008年展では彫刻作品が19点、ドローイング40点、版画20点。
2012年展では彫刻作品が23点、ドローイング28点、版画4点、他に家族のために作った「おもちゃ」の類い、絵巻物『ピノッキオ』のための水彩原画。

そして、今展は、彫刻作品21点、ドローイング32点、おもちゃ、他に桂の家族が描いたドローイング13点である。
このように、大規模な個展でも、主となる彫刻作品は20点程で構成している。
本展もそうだったが、広い空間にゆったりと展示をしたいという思いが強いのだろう。
(観客のソーシャルディスタンスを確保するという側面もなかった訳ではなかろうが。)

少数展示ならば、いつも異なる作品が選ばれているかと言うと、そうでもない。今回の彫刻作品21点のうち、14点は過去2回の展覧会で展示されていたものと重複している。
恐らく、自分の歩んできた彫刻家としての道程を観てもらいたいという考えがあるのだろう。エポックとなった作品は、何れの展示会にも出展されている。

今展で私が初めて観たのは差し引き7点だが、そのうち1970年代の極く初期の作品から2点、1980年代の作品が3点、そして前回の2012年展のあとに制作された新しいものが2点あった。

さて、本展の副題「私の中にある泉」にどんな意味を舟越が持たせようとしたのか、プレスリリースの文章から抽出してみた。
舟越は一貫して人間の姿を表現する事に拘ってきた。
特定のモデルを使って制作した事もあれば、モデルのいない抽象的な人物である事も。何れの場合でも、まずは自分自身としっかり向き合う事、そういう姿勢を自分に課してきた。作品を創り出すとは、それが特定の個人であっても、人間の普遍を語る事になっている筈だと考えてきたからだ。
作者自身の内面に潜んでいる「地底湖」は、水脈を通して、社会及び様々な事柄や出来事とつながっている。その水底に迄潜り込んで、人間の真実に到達したい、そんな思いを副題に籠めたようだ。

展覧会の構成を見てみよう。
必ず「私」で始まる章タイトル。前述した展覧会副題と通じている事が分かる。
・1章「私はあゆむ、私はつくりだす」
・2章「私は存在する」
・3章「私の中に私はみつける」
彫刻作品はほぼ時系列で、3章迄に収まっている。そしてそれら作品誕生にまつわるドローイングが周囲に置かれている。

・4章「私は思う」
・5章「私の中をながれるもの」
・6章「私ははぐくむ」

4章には、舟越がアトリエに貼り付けてあるメモの切れ端が展示されている。
そのメモは、彼が制作途上で考えた事や、時々に感銘を受けた言葉等である。
またアトリエにはTVも置かれ、報道やドキュメンタリーの番組を見るそうだ。今日本で、世界で起こっている様々な事柄は、これも社会と自身をつなぐ水脈の一つだと認識している由。
そして、メモを種として発生した習作ドローイングの数々。それらが濾され、抽象化を経て、1つの作品に昇華していく。

5章に展示されているのは、桂の家族達のドローイング作品。
カトリック教徒で具象彫刻家でもあった父 保武(1912-2002)、詩人・句人の母 道子、桂は7人兄妹の次男で、三男 直木も80年代に絵画から彫刻に転じ、抽象作品も残した。彼は2017年に64歳で兄より先に没した。
これらもまた桂の水脈のひとつであり、細胞を形成しているものに違いない。

6章は、自身の家族達のために木片から作ったいろんなおもちゃの類い。

1章に戻るが、ここに展示されている彫刻作品は、初期の1978〜1988年(27〜37歳)制作のもの。
《妻の肖像》(1979-80)は、その後と同じ楠材による最初期の作品で、腰から上のみの半身ヌード像。彩色しているそうだが、色は極めて薄く分からない程だ。
《中野の肖像》(1981)は普段着の友人男性をモデルにした半身像。

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この翌年、《マスク》(1982)より、舟越は彩色大理石を眼にはめるようになる。

1980年代の人物像は、等身大に近く、日常の佇まいであるが、何か詩的で静謐な雰囲気が漂っている。

2章の彫刻作品は1984〜2000年(33〜49歳)の制作。
実在のモデルを使って制作するケースは減っていく。
1990年前後から、身体に不思議な「異形」が持ち込まれる。
例えば《遅い振り子》(1992)には、身体前に、ビスで取り付けられた片腕がある。
下の写真《山を包む私》(2000)には、学生時代に山を見た時の体験が籠められている。

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3章では2003〜2020年(52〜69歳)制作の最新作迄が並べられている。
「異形化」は更に進化し、人体ではありながら、現実にはありえない形態が自由に創作されていく。
《水に映る月蝕》(2003)はそういう道程の中、エポック的なもので、展示される事も多く、彼の代表作の1つと言っていいだろう。

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舟越の制作は、ドローイングを極めて綿密に描き、その上で木を彫りだすのだが、彫刻の経過の中で、絵からは相当に変化していく場合が多い。が、この作品では殆ど変化していない。よほど、脳内に具体的で完成されたイメージが醸成されたのだろう。

翌2004年には、古代神話のスフィンクスが登場する。
半人半獣、両性具有、革の長い耳等、自由な想像力が発揮されていく。
このシリーズは現代に至る迄続けられている。
その最新作《スフィンクスには何を問うか?》(2020)。

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《戦争をみるスフィンクス�供�(2006)が舟越としては珍しい程に激しい感情が表出された作品だったため、その反動もあるのか、上の作ではのほほんとして何を考えているのか(何も考えていないのか)分からない表情になっている。
《戦争をみるスフィンクス�供佞蓮�2003年に勃発したイラク戦争に触発されて創作された。
世界はもうその痛みを忘れてしまったのか?そう舟越は言いたいのかもしれない。


(続く)
 
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