アメリカンドリーム、アメリカにカモなマイホーム、とアメリカにはラグジュアリーな生活が待ってるよ、というような映画作品、スコセッシでは悪いことに手を染めたらこうした生活できるよ、とか、そうした作品しか私的には観てないし、エリアカザンにおいても、アメリカンドリームの嘘をあばくような作品だったから、かなり昔からそのような作品が多いし、そもそもフィフティーズの、それもテレビドラマでぐらいしかアメリカにカモなマイホームはなかったんじゃないかな、と思ったりするけれど、ゼメキスのガンプもバートンのビッグフィッシュもアメリカンドリームを讃えるその名残が出ている。ふたりにはそうしたオマージュがいつも感じられる。ただし、ガンプもビッグフィッシュも成功したらこうした生活が手に入る、ってこと表されるではなく、成功した後のチャリティーの精神として表され、ラグジュアリーな生活が表されることはない。クルマに関しても、ノーランのバットモービルがiPhone的に機能として表されているのに比すれば、バートンのではスーパーカーというかスポーツカーというかステイタスとしてのクルマという表象性が表されてあるし、ゼメキスのデロリアンは場所から場所への移動の手段的なアメリカンしているけど、まだクルマ文化との密接な繋がりが表されている。先日、今回の選挙戦にあたってのアメリカンの日常をルポルタージュする番組あってたけど、デトロイトだからかな、GMを解雇された青年がまた復帰してカマロを買うんだ、と言っていたの、現在のヤングもクルマにステイタス抱いているのかと思わせられた。
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